屠竜士サイアス

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屠竜士サイアス

その双眸の光はあらゆる生物の中でも殺意に満ちており、 その相貌の持つ凶悪な サイアスはドラゴンをそう認識する。 『ジャアアアアアアアアアッ!!』 二匹のドラゴンが、天に向かって吼える。 「う、うわああああああッ!?」 「助けてくれえッ!!」 圧倒的なまでの威圧感に気圧され、少なくとも外見は屈強な男達であっても闘争心を削がれて無様に背を向ける。悲鳴とともに、あっという間に存在が遠のいていく。 そんな中、不敵に笑うのは二人の男。 一人は、鍛え抜かれた強靱な肉体、それでいてむき出しの肌には無数の傷が走っている。 たえまぬ修練と、歴戦の痕が体躯に刻まれていた。 右腕には、女性の身の丈ほどもありそうな、強大な斧。普通なら両手で持つことすら出来ないであろう重量のはずだ。 しかし、男は易々とその斧を担ぎ上げる。短く整えられた赤い髪を震わせて、ドラゴンを前にしても闘争の心は弾んでいた。 男の名は、サイアス。 もう一人は、しなやかな肉体に柔軟で素早い身のこなし。 左手に持つロングソードは、鏡のように煌めいており、反射する刀身には端正な顔立ちの若い青年が映っている。 深く蒼いダークブルーの髪をなびかせ、 ドラゴンを前にしても好奇の心が膨らんでいた。 男の名は、ニノ。 「お前は逃げなくていいのか?」 「冗談! 一度に二体も相手にするなんてそうそうないからね。楽しませてもらいますよ!」 サイアスは、逃げ出した仲間達の事は露ほども気にせず、斧を眼前で振るう。風切り音が皮膚をも切り裂きそうな勢いだ。ニノの威勢の良さに、小さく、嬉しそうに笑う。 征竜ギルドで適当に組まされた、名ばかりの屠竜士達とは違い、このニノは若造ながら非常に頼りになる。征竜ギルドに所属する屠竜士の中では三指に入る程の腕を持つサイアスであっても、さすがに同時に二体もの竜を相手取るのは無謀に近い。だが、ニノと共にあれば勝算はある。 「いくぞ!! お前は左だ!」 「はいはい。あんまり仕留めるのが遅ければ、俺が両方やってやりますよ!」 二人は、ドラゴンに向かって颯爽と駆け出す。 『おおおおおおおおッ!!!』 そして、ドラゴンのように咆哮し、己の得物を高く掲げた。 二匹の竜が共に行動するというのは、かなり希な事象と言っていいだろう。 実際に、九十匹以上の竜を倒しているサイアスも初めて目にしている。 その分、体長は平均よりも小さいようだ。身の丈はせいぜい、ニノの倍程度の大きさだ。だからといって、侮れる相手ではない。 ドラゴンというものは、たとえ《邪知級(じゃちきゅう)》だとしても舐めてはならない。 それが、屠竜士(とりゅうし)の心得の基本だ。もっとも、心得をおそろかにしているものが生き残れる世界ではないのだ。 サイアスは片方のドラゴンに肉薄し、斧を担ぐようにして振り上げると、容赦なく叩きつける。技は使用していないが、大岩をも砕く一撃だ。 ドラゴンは、自身の体から比較すると決して大きいとは言えない腕を振るい、その爪でもって斧の刀身を横から叩いた。 竜の腹を斬り裂くべく放たれた直線が、急激に曲がってその足下へと突き刺さる。地面を大きくえぐり、斧の刀身が半分ほどめり込んで止まる。 サイアスの体は少々前のめりになり、ドラゴンの前に半身を晒してしまうものの、その眼光は緩めない。ドラゴンの方も、一歩身を引いた。その表情には、わかり難いがわずかに戸惑いの色が見える。 斧を振り払うのに使った右手、そこにしびれが生じているはずだ。それほどまでに、サイアスの一撃は凄まじい。 再び、両者にわずかな間合いが生じる。サイアスは斧を素早く地面から抜き放ち、右肩に柄の部分を乗せてドラゴンを見据える。 「覚悟してもらおう」 サイアスの口から、ドラゴンに対する圧力が飛ぶ。 もちろん、ドラゴンには言葉は通じない。だが、サイアスから放たれる眼光や強烈な殺意は、ドラゴンのそれに勝るほどのものだった。 心を持たないドラゴンも、己の命が脅かされるような圧を感じているのか、わななきに迫力がない。通常ならば立場が逆のはずだった。しかし、サイアスの持つ雰囲気は、ドラゴンを圧倒していた。 その圧力に屈したかのように、ドラゴンの方が動く。前傾姿勢になると同時に、首をふるってその顎を大きく開きながら突き出す。サイアスの上半身を、喰い千切るつもりの攻撃だ。 サイアスは、それを読んでいたかのように半身を引き、最小限の動きでやり過ごす。同時に、伸びきった首筋めがけて斧を振り上げる。 「断空裂斬斧舞(ダンクウレツザンフブ)!!」 魔技を発動する。斧の刃が竜の鱗に触れた瞬間、肉ではなくそれが存在する空間そのものに亀裂が入る。通常、刃は物質に触れてそれを裂くように突き進んでいく。しかし、サイアスの放った斧の一撃は、物質よりも先に空間の方を切り飛ばしてしまう。その結果から、裂かれた空間はその周辺の物質を分断してしまう。 この攻撃は、どんなに屈強な防御力を持っていても耐えることは出来ない。 たとえドラゴンとあろうとも、この攻撃を受けたら他の生物と同等のダメージを受けざるを得ない。これが、サイアスの、屠竜士としてたどり着いた境地だった。 ドラゴンの首からどす黒い血が噴き出す。サイアスはそれがかからないよう、首なしの死体となったドラゴンの体を蹴りつけ、地に倒れ伏させる。一瞬遅れて首が地面に落ちる。その目には既に光は宿っていなかったが、がらんどうとなったガラス玉のような瞳が、こちらを空虚に見つめている事に、サイアスは不快感を感じていた。既に、竜を屠ることに勝利の実感などない。 一方、ニノの方は苦戦していた。 サイアスに比べて、ニノの方が身のこなしが速い。その速さにはドラゴンもついて行けず、剣による攻撃を幾重にも受けている。 だが、その漆黒の鱗が鋼鉄の盾のように、体への侵攻を阻む。 ドラゴン特有の、強固な防御力。爪や牙、ブレスといった攻撃に特化した特徴が目立つが、本当にやっかいなのはこの鱗の方だ。 「相変わらずかったいねえ。まあ、それを崩すのが、竜殺しの醍醐味だけどな!!」 ニノはまたも笑う。サイアスのは狩人のそれだが、ニノは挑戦者の意気込みのある不適な笑みだった。 「ファントム・ステップ!!」 ニノの動きが、さらに加速する。それはもはや、人間の動きとは言えない挙動だった。常人であれば、一瞬にして視界の外に飛び出すほどの速さである。動体視力は当然、竜の方が人間よりも優れているが、それでも視界に留めておくのは難しいだろう。 正面の首筋に袈裟斬りを浴びせた瞬間、既に後ろに回り込んでその背を薙いでいる。ドラゴンが驚いて振り返る頃には、さらに横に回り込んで脇腹に剣の先端を突きつける。 ドラゴンが両腕をぶん回して振り払おうとするが、ニノはドラゴンの周囲にまとわりつくようにして細かな牽制を続ける。 「スクリュー・ブレイド!!」 ドラゴンの正面で、ニノは魔技を発動させる。刀身がその周囲に纏うように、風の奔流が生まれる。ニノは剣を突き出して攻撃した。鉄を叩くような悪い感触はなく、肉を刺し貫く手応えが返ってくる。 ドラゴンが悲鳴とも苦鳴とも取れる声を大口から漏らす。 技を使っているとはいえ、ニノのロングソードは見事にドラゴンの左胸を貫いていた。よくよく見ると、剣が刺し貫いている部分だけ、鱗が剥がれ落ちている。そこへ、狙い澄ました一撃だった。 ニノは決して意味のない攻撃を繰り返していたのではない。ドラゴンの鱗に攻撃を与えることで、弱く、脆くなっている箇所を探し当て、そこに重点的に攻めを仕掛けていた。結果的に、胸部分の鱗を斬り剥がし、間髪入れずに必殺の一撃を突き込んでいた。 「ふう~、いっちょ完了っと」 ニノは根元まで食い込み、背中から貫通している刀身を引き抜いた。同時に、ドラゴンの巨躯が崩れ落ちる。心臓を刺し貫いた手応えがあった。ニノは満足そうに、剣にこびりついた赤黒い血を振り飛ばし、腰元の鞘へと刀身を納める。振り返ると、サイアスがこちらに向かって歩いてきていた。その手には、分断されたドラゴンの頭を持っていた。 「さすがは《竜斬鬼(りゅうざんき)》の旦那。一足先に仕留めましたか」 「お前、半端に腕はいいくせに詰めが甘いんだ」 「えッ!?」 ニノが振り返ると、ドラゴンが牙の隙間から血を吐きながら立ちはだかり、右腕を大きく掲げていた。油断しており、完全に動ける体勢にはなっていないニノは、それでも防御をしようと剣の柄に手をかける。 血しぶきが飛び、血流をまき散らしながら何かが地面に落ちる。 転がったのはニノではなく、ドラゴンの首だった。 サイアスの一撃が、竜の鱗をものともせずに斬り飛ばしていた。 「言ったはずだぞ。こいつらの執念を甘く見るな。心臓を刺し貫いた位で、即死するような連中と思うなよ」 「……勉強になります」 サイアスの言葉と同時に、首を失ったドラゴンの巨躯が横倒しになる。 ニノは冷や汗をかきながら改めて、サイアスの実力の程を思い知った。
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