ある夜

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 真夜中の庭は、とても静かだった。  芝生も、母さんの作った花壇も、リナの三輪車も、みんな魔法で眠らされちゃったんだ。ぼくは空想した。ぼくたちだけが眠りの魔法を解いて、これから冒険に出発するんだ。  母さんがリナの手をひいて出てきた。スーツケースを持ち、リュックを背負った上にトートバッグを提げている。 「リナ、おいで。にいにと手をつなごう」  ぐずるかと思ったけど、リナはおとなしくやって来て、ぼくと手をつないだ。母さんがほっと息をつく。 「ありがとうね、トモ」 「うん」  最後に父さんが出てきた。 「戸締りを確認するよ。先に行ってくれ」 「今から?」母さんは不満そうだ。「時間は大丈夫? もう……」 「念のためだ。すぐ追いつくよ」  父さんに説得されて、母さんはしぶしぶ歩き出した。ぼくは後を追いかける。 「車に乗らないの?」 「うん。オタビ山に行くからね」 「なあんだ」  オタビ山は、町の中央にある小高い丘だ。誰の家から歩いてもすぐに着く。といってもここは田舎だから、人の住む家は5軒しかないのだけど。  ぼくとリナは、母さんの先に立って歩いた。街灯の消えた真夜中の道を、月の光がぼんやりと照らしている。  夜がこんなに静かだなんて知らなかった。ぼくは思う。虫の合唱も、猫の集会も、今晩はお休みだ。 「フーちゃんいるう」  リナの声に顔を上げると、前方に犬を連れて歩く人がいた。  自称・芸術家の志田(しだ)さんとフレンチ・ブルドッグのフリーダ。町内会の人はみんな仲がいいけど、志田さんと父さんは特に仲がいい。志田さんはよくうちに来て、ぼくたちとも遊んでくれる。 「やあ、トモくん、リナちゃん」 「こんばんは。フリーダの散歩ですか?」  志田さんは一瞬びっくりしたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。 「オタビ山までね。一緒に行くか」 「いくう!」  リナがフリーダをなで、ぼくもうなずいた。 「ところで、父さんはどうした?」  志田さんの質問に、追いついた母さんが答えた。 「まだ家なんです。戸締りするって、いまさら」 「なるほどな。それにしても、なかなかの荷物だな。一つ持とう」 「いえ、そういうわけには……」 「まあまあ。独り身は身軽なもんさ」  そう言って、母さんのトートバッグを受け取る。その志田さんも、大きなリュックを背負っていた。
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