後編

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後編

 今にも雨が降りそうだ。私の罪も洗い流してくれたらいいのに。 「ハイネのおかげで、この世界にいらない人類を根絶やしにすることができたし、俺も楽しめた。あはははははー!! 何も知らないお前の大切な人が哀れだな」 「お前がそう仕組んだくせに何を言う? それに彼は何も覚えてはいない。新しく作り直した私がいないこの世界で彼は幸せに暮らすさ」  神の手のひらに現れた光り輝く小さな玉。それをつつきながら、感情のこもっていない声で神に返答した。心なんてすでにボロボロだ。ズタズタに引き裂かれている。これ以上、何を思うことがあるのか。ただこの玉が彼の魂が無事で、次の世で幸せであればそれでいい。 「ふーん。自分の身も犠牲にしたところで何も良いことなんてないのにさ、馬鹿だね。そんなにこいつが大事なのかよ」 「大事だよ。それに良いことのためにやってるわけじゃない」 「自分を消費しても良いってことか? お前は馬鹿なんだよ。死ぬ運命だったやつを助けようとするなんてさ。お前が偶然にも俺とあって、こいつは死なずに済んだ。こいつにとったら幸運なことだけど、お前にとったら不幸なことだな」  私は罪を犯した。数えきれないくらいの業を犯した。来世は幸せにはなれない。その次も、そのまた次も、その先も、何度続くかわからない先だけれど、私は幸せにはなれない。何度だって訪れるのは不幸だ。それでも、あの人を救えるのならそれでいい。 「はぁ、前にも言ったでしょう。会いたい人に二度と会えないことが私にとっての不幸よ。何度も何度も繰り返して、何度も何度もその事実に絶望する。でもそれでいいの。ここで何もしなかったことに後悔するよりはいいことなのよ」 「人間って意味わかんねぇ。つか、お前が一番意味わかんないやつだな。別に、こいつが死んだら死んだで生まれ変わるから待ってれば良かったのに」  この神は意地悪だ。最低な奴だ。知っているくせに、何も知らないように語りかけてくる。本当に最悪な奴。 「あんた、いつもいつも思ってたけれど、性格悪いわね。彼は今回死んだら、生まれ変わることはできない。魂が消滅するから。彼は私と違って優しいもの」 「お前さ、やっぱり知ってて俺に会いに来た?偶然ではないってことか?」 「さぁ? どうかしらね?」 「食えない奴」 「誉め言葉をどうもありがとう」  私は満面の笑顔でその言葉を神に言った。神の顔は引き攣っている。内心、誉めていないって思っているだろうけれど、私にとっては最高の誉め言葉だよ。神を騙せたのだから。  神の印象なんて最悪なもの。人間を平気で見捨てるし、人間はおもちゃだと思っている。自分が退屈だから、人間を自分たちの道具みたいに扱うの。それで人間の不幸を笑うのよ。自分たちの退屈を埋めるために、すこしでも自分たちが暇にならないように、自分たちが生み出した人間を使う。最低な奴ら。 「神様だって、所詮は人間。人間であった神は欲深いわ」 「お前、いつ世界の真理を知った?」  目を見開く神が面白く笑える。私に出し抜かれたことを悔しそうに嘆いてくれればもっと最高の気分になれたのにね。役立たずな神だ。 「俺は、お前を喜ばせるためにいるわけじゃねぇ」 「知ってるよ。そんなこと」 「あぁ!? お前喧嘩売ってんのか?」 「喧嘩売ってるようにみえるの?」  薄っすらと笑みを浮かべる。ねぇ、本当に大事なものは何だったのかしらね。貴方は分かっていないでしょう。神である貴方は分からないでしょう。確かに、彼も大切な人。でも、貴方も私の……。 「ほんと、意味わかんねぇ。おい、聞いているのか」  呆れたように積み重なった屍の上にいる私のことを覗き見る男神に私は一言。 「聞いてるよ」  なんだか、眠くなってきちゃったな。世界が新しく生まれ変わる瞬間を見れたら、きっと泣いてしまいそうだ。 「私は、同じことを繰り返し続けていた。人間の彼も大切で、神様の彼も大切だから、同じことを繰り返していたの」  ある時、最上位の神様と契約を交わした。全てが終わったら、もう二度と会えなくなるとわかっていても。元々は一つであった魂が別々に生き残れるように、存在をそこに残せるようにと願った。何度も繰り返して、存在が確かなものになった。なぜなのかはよくわからない。何度も繰り返したから薄かった存在の認識が、世界に認識されるまでに変わったのではないかと適当に考えとく。だって、どうでもいいもの。 「ふふふふふ、もう終わりの時なのかもしれない。ばいばい、私の大切な人たち」  彼らが世界にその存在を残して生きていけるなら、そんな理由を知らなくてもいいもの。彼らが生き残るためなら、私は何度も自分を犠牲にし、何度も世界を巻き込むことを厭わない。幸せになれなくていい。彼らが幸せであってくれればいい。それが私の願いよ。
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