たった8文字

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たった8文字

「あ、やっば……」 不意に独り言が漏れて、定期を通しかけた手が止まる。 明日レポートを出さねばならないというのに、ついいつもの癖で資料を学校のロッカーに置いてきてしまったのを今思い出したのだ。 ああ、私の馬鹿…… 小さなため息を一つついて、眉間に皺を寄せた百合はとりあえず改札から離れた。 どうする?取りに戻る? ああでも、やっと駅まで来たし……、戻るのは面倒だし。 でもあれがないと多分レポートは書けないし……、明日朝早く起きられる自信もないし。 駅の壁にぺたりと背中をつけて5分ほど自問自答を繰り返したが、様々な場合を想定した結果、百合は結局学校に戻ることにした。 実を言えば最寄り駅から学校まではそれほどまでに離れていないし、道路を横断する必要もない。 一本道をひたすら歩けば辿り着くという何とも恵まれた立地で何が不満なのかといえば、それは朝から静かに降り続くこの雨であった。 せっかくたたんだのになあ…… 細かな雨が隙間なく降ってくる空を一睨みした後、百合は一度綺麗に折り畳んだ傘を開いて学校へ歩き始めたのだった。 折り畳み傘の便利なところは、やはりコンパクトなところであろう。 傘を持つのが面倒な百合にとって、鞄に入る折り畳み傘はぴったりなのだ。 しかしながらいざ雨が降ったとなれば、折り畳み傘は問題点が多々生じる。 傘が小さいためにどうしても肩が濡れてしまう、折り畳むときに手が濡れる、元の袋に入れても水滴が沁み出してくるので結局は手で持たなければならない……云々。 結局は、長い傘を持って来れば良かったなぁなんて、いつも後悔してしまう。 「……宮本?」 あともう少しで門に差し掛かる――といったところで、聞きなれた声が百合の耳に入る。 反射的に振り返ると、そこにはやはり百合のよく知っている顔がこちらに向かって手を上げていた。 と同時に、百合は慌ててその人物に駆け寄る。 「ちょ……、傘もささずに何やってんの!」 「え?いや、データ取りしてて。傘さすの面倒になった。ほら、このレインコート帽子ついてるし。」 「にしても限度ってモンがあるでしょうよ!全然機能してないじゃない、その帽子!」 確かにそのレインコートには帽子がついている。 しかしながら“塵も積もれば山となる”と言うではないか。 おそらく彼は長時間雨の下にいたようだからレインコートにはすっかり雨の道ができて、頭から滝のように水が滴っている。 おまけに前髪はずぶ濡れで、まるで昆布がはりついているようだった。
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