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「ほんっとにそういうトコに頓着しないんだから。」
「いやー、いけると思ったんだけど。っていうか、宮本はまさか今から授業?」
傘の下で身体中の水滴を掌で拭い落としながら、相手はにかっと笑った。
いつもそう。こういった軽口で、コミュニケーションをはかってくる。
そしてこういうときはわざとらしく反論するのがお約束だ。
「違います!ロッカーに忘れ物したの。というか、サクは遅くまで頑張るね。」
「いや、もうそろそろ切り上げようかと思ってたとこ。なあ、飯食いに行かん?何か用事ある?」
「ううん、良いけど……。じゃあちょっと荷物取りに行ってくるね。C館に行ったら良い?」
「ん。俺もすぐ片付けるわ。」
そう言うや否や百合の傘からパッと飛び出したサクは、大股でぴょんぴょん飛び跳ねながら建物の屋根の下へ移動する。
そしてちらりと百合を振り返って手を振ると、C館へと入って行った。
サクこと佐久間直樹は、百合と同じ大学の農学部の学生である。
ちなみに百合はというと文学部で、ではなぜ理系と文系であるにも関わらず交流があるのかといえば、それは話が長くなりそうなので今は省略しておく。
とにかく、あるきっかけが元で段々と話すようになり、最終的にはお互いの友人も含めて、大体6人ほどで集まることが多くなったのだ。
余談ではあるが、そのうちの2組は所謂恋人同士というもの。
しかしながら百合と直樹に至っては、どういうわけか仲の良い友達以上に発展するような雰囲気は見られなかった。
それでも居心地の悪さなどは感じられなかったし、それぞれ皆良く気が合った。
色々な意味で友人以上の関係が、上手にそこに成り立っていたのである。
* * *
「……わ!ごめん、待たせた?」
「いや?俺も今来たトコ。」
すっかり準備を整えて椅子に腰掛けていた直樹が、百合を見つけて立ち上がる。
何やら重たそうな鞄とレジュメでぱんぱんに膨れ上がった書類ケースを装備した直樹の髪は、緩いパーマをかけているせいか、濡れてくるんくるんになっていた。
「サク……、髪ふきなよ。もう冬なんだから風邪ひくよ?」
まあこいつは風邪ひくようなヤツじゃないけれど……とは思いつつ、百合は鞄の中からハンカチを取り出す。
ハンカチとは言えタオル地の少し大きめのもので、吸水性は抜群だ。
そのタオルで直樹の前髪を伝う水滴を拭うと、直樹は更に腰を曲げて、百合に頭を突き出すような体勢になった。
「……何してるのよ。」
「拭いて。」
「…………。」
「拭いてください、宮本様。」
「一回千円ね。」
「高。」
実際に直樹は百合より背が高いために、腰をかがめてもらえれば手は届きやすい。
しかしながら腰をかがめたときに内股気味になった直樹がおかしすぎて、百合は堪えていたものを一気に噴出してしまった。
「サク……、サク足細いから気持ち悪……!」
「あのなあ……よりによって気持ち悪いはないわ。」
「ふふ……鶏みたい……」
「ひっど。」
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