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 宣戦布告の後、苦しい状況に音を上げたのは、私が先だった。  初めて会った居酒屋がある駅の近くに優佑君を呼び出して、決着をつける。  「もう、分かってると思うけど。私、優佑君が好き。」  真っすぐ見上げた優佑君の顔は、驚きなんて無く、困った様な悲しいような目をしていた。  優佑君の表情がどんどん苦しそうになって行くのを、私はじっと見上げていた。 「前にも言ったけど。俺、卒業したら実家に帰って花屋継ぐんだ。だから、もう、中途半端な恋愛はしないって決めてるんだ。  阿子ちゃんの気持ちはすごく嬉しいけど、付き合えない。」  目を伏せながら、絞り出すように話す優佑君は、私だけにその言葉を言ったんじゃ無いって、分かってた。  「私の事、好きじゃ無い?」  私の目を見ようとしない優佑君に少し苛立って、長い腕を掴んで顔を覗き込んだ。  一瞬目を合わすとまた直ぐに逸らす。  「好きだけど、それは恋愛感情じゃ無い。」  「そう。つまり、友達以上には考えられない、って事?」  「うん。」  優佑君は、さっきよりも苦しそうに顔を歪めた。  「私、優佑君の、いろんなことに気が付いて、声をかけたり、手を差し伸べたりしてくれる。そう言う優しいとこが好き。  見た目は危険な香りがするのに、話すと面白くて、笑うと可愛くて、そのギャップも好き。  ギャップで言えば、何でも器用にこなすのに、絵はすっごい下手なとこも可愛いと思った。」  「何だよそれ。褒めてるの?馬鹿にしてるの?」  苦しそうな目を見たまま、少し微笑んだ。  「告白してるの。私の好きな気持ちを全部。」  優佑君は困った様に笑った。  振られたことは分ってる。  どんなに好きを伝えても、私を恋人にしてくれない事も分かっている。  でも、私の中の思いを全部、優佑君にぶつけたかった。  全部ぶつけて、失恋したい。  「ありがとう。でも…。」  「うん。私を受け入れられない事は分ってる。でも理由は、もう一つあるんじゃない?」  「もう一つ?」  「そう、紫苑の事。」  優佑君は紫苑の名前を聞いて、視線を逸らした。  「紫苑の事が好きだから、私じゃダメなんでしょ?」  「俺はもう、中途半端な恋愛はしないから。」  寂しそうに笑って話す優佑君は、カッコ良いけど、カッコ良く無い。  「馬鹿なの?そんなの、好きになっちゃたら止められないじゃない。中途半端な恋愛って何?結婚を考える恋愛だけが真っ当な恋愛なの?  そんなの、入り口は全部好きって気持ちじゃない。好きを誤魔化してる方が中途半端な恋愛だと思う。  優佑君の事ずっと見てたから、嫌でも分かる。魅かれてるのに、我慢してる顔。」  「そんなの、阿子ちゃんの勝手な妄想だろ。」  「妄想なら、もっと都合のいい方に考えるよ。」  「何だよ、それ。」  「紫苑は、私の事も、優佑君の事も自分の事より考えてる。だから、あんなに可愛い恋する顔してるのに、必死に声に出さないように押えてる。  私が優佑君に告白しても、きっと紫苑は何もしない。そんなのね、友達として黙ってられないのよ。余計なお世話でも、いい迷惑でも、何でもいい。勝手に悲恋気取ってないで、二人の気持ち確かめればいいじゃない。この先、離れてしまっても、二人ならやっていけるかもしれないじゃない。何が起こるのか分からない未来に怯えてないで、今、起こっている恋に衝動的になればいいじゃない。  私は、二人の恋してる顔が、可愛くて、大好きなのよ。」  色んな感情を、投げつけるように優佑君にぶつけると、空っぽになった体の中から、クククと笑いか湧きだした。  私が口を押えながら、笑い声を押えていると、優佑君は訝し気に覗き込んだ。  「泣いてるのかと思ったら、笑ってるの?」  少し怒った様な声。  「ごめん。思ってる事、全部言ったら、スッキリしちゃて。  何、好きな人の恋の応援してるんだろうって、可笑しくなっちゃった。」  「ホント、阿子ちゃんは真っ直ぐで、全力だよね。」  優佑君の呆れたような優しい笑顔は、今の私にはまだ危険で、大きな口を開けて笑いながら目を逸らした。  「じゃ、そう言う事です。私の気持ちを聞いてくれて、ありがとう。そして、ちゃんと答えてくれありがとう。じゃ。」  元気にお別れの挨拶をして、その場を離れた。  優佑君が私の背中に何か言ったような気がしたけど、振り向かずに、立ち止まらずに、歩いた。  歩いて、歩いて、優佑君の視界から消えると、顔に張り付けた笑顔も消えた。  「阿子。」  視線を下げて歩く私の目の前に、背の高いキリっと美人な女の人。  「今日はオールでカラオケ行くから。」  「茉奈ぁ~。」  茉奈の強引な優しさに、笑ってごまかしてた痛みが心に広がった。  「二人で思いっ切り、メソメソでウジウジでドロドロの失恋ソング、歌いまくるよ。」  私の腕を力強く引っ張りながら、真っ直ぐ前を向いて誘導する茉奈の横顔は、いつもよりキリっとしていて、絶対にNOは言わせない圧を感じた。  「何で、失恋ソングなの?」  分かっているのに、わざと聞く。  「そんなの、阿子が失恋したからでしょ。失恋した時は落ちるとこまで落ちて、枯れるまで泣くのが一番いいの。」  失恋した私に、今まで、こんなに強引で、こんなに思いの詰まった言葉を掛けてくれた人は居なかった。  茉奈の、飾り気の無い言葉と行動に心が素直に反応した。  私は茉奈の腕にしがみつくと、顔を肩にうずめて、呟いた。  「ありがと。」  茉奈は、優しく私の手を握ると「うん。」と呟いて温かい体温を伝えたくれた。  大丈夫。  きっと大丈夫。  この恋の痛みも、きっと乗り越えられる。  どんなに恋に傷ついても、応急処置をしてくれる友達が、私にはいる。  だから、今は素直に傷をさらそう。  「失恋したぁ~。」  「うん。」  「紫苑に負けたぁ~。」  「うん。」  「でも、紫苑も優佑君も、大好きぃ~。」  「うん。」  茉奈に抱きつきながら、泣いた。  泣きながら、大好きなみんなの顔を思い浮かべた。  紫苑には、明日話そう。  明日なら、笑って話せる気がする。  過去になった、恋の話が。    
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