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6
宣戦布告の後、苦しい状況に音を上げたのは、私が先だった。
初めて会った居酒屋がある駅の近くに優佑君を呼び出して、決着をつける。
「もう、分かってると思うけど。私、優佑君が好き。」
真っすぐ見上げた優佑君の顔は、驚きなんて無く、困った様な悲しいような目をしていた。
優佑君の表情がどんどん苦しそうになって行くのを、私はじっと見上げていた。
「前にも言ったけど。俺、卒業したら実家に帰って花屋継ぐんだ。だから、もう、中途半端な恋愛はしないって決めてるんだ。
阿子ちゃんの気持ちはすごく嬉しいけど、付き合えない。」
目を伏せながら、絞り出すように話す優佑君は、私だけにその言葉を言ったんじゃ無いって、分かってた。
「私の事、好きじゃ無い?」
私の目を見ようとしない優佑君に少し苛立って、長い腕を掴んで顔を覗き込んだ。
一瞬目を合わすとまた直ぐに逸らす。
「好きだけど、それは恋愛感情じゃ無い。」
「そう。つまり、友達以上には考えられない、って事?」
「うん。」
優佑君は、さっきよりも苦しそうに顔を歪めた。
「私、優佑君の、いろんなことに気が付いて、声をかけたり、手を差し伸べたりしてくれる。そう言う優しいとこが好き。
見た目は危険な香りがするのに、話すと面白くて、笑うと可愛くて、そのギャップも好き。
ギャップで言えば、何でも器用にこなすのに、絵はすっごい下手なとこも可愛いと思った。」
「何だよそれ。褒めてるの?馬鹿にしてるの?」
苦しそうな目を見たまま、少し微笑んだ。
「告白してるの。私の好きな気持ちを全部。」
優佑君は困った様に笑った。
振られたことは分ってる。
どんなに好きを伝えても、私を恋人にしてくれない事も分かっている。
でも、私の中の思いを全部、優佑君にぶつけたかった。
全部ぶつけて、失恋したい。
「ありがとう。でも…。」
「うん。私を受け入れられない事は分ってる。でも理由は、もう一つあるんじゃない?」
「もう一つ?」
「そう、紫苑の事。」
優佑君は紫苑の名前を聞いて、視線を逸らした。
「紫苑の事が好きだから、私じゃダメなんでしょ?」
「俺はもう、中途半端な恋愛はしないから。」
寂しそうに笑って話す優佑君は、カッコ良いけど、カッコ良く無い。
「馬鹿なの?そんなの、好きになっちゃたら止められないじゃない。中途半端な恋愛って何?結婚を考える恋愛だけが真っ当な恋愛なの?
そんなの、入り口は全部好きって気持ちじゃない。好きを誤魔化してる方が中途半端な恋愛だと思う。
優佑君の事ずっと見てたから、嫌でも分かる。魅かれてるのに、我慢してる顔。」
「そんなの、阿子ちゃんの勝手な妄想だろ。」
「妄想なら、もっと都合のいい方に考えるよ。」
「何だよ、それ。」
「紫苑は、私の事も、優佑君の事も自分の事より考えてる。だから、あんなに可愛い恋する顔してるのに、必死に声に出さないように押えてる。
私が優佑君に告白しても、きっと紫苑は何もしない。そんなのね、友達として黙ってられないのよ。余計なお世話でも、いい迷惑でも、何でもいい。勝手に悲恋気取ってないで、二人の気持ち確かめればいいじゃない。この先、離れてしまっても、二人ならやっていけるかもしれないじゃない。何が起こるのか分からない未来に怯えてないで、今、起こっている恋に衝動的になればいいじゃない。
私は、二人の恋してる顔が、可愛くて、大好きなのよ。」
色んな感情を、投げつけるように優佑君にぶつけると、空っぽになった体の中から、クククと笑いか湧きだした。
私が口を押えながら、笑い声を押えていると、優佑君は訝し気に覗き込んだ。
「泣いてるのかと思ったら、笑ってるの?」
少し怒った様な声。
「ごめん。思ってる事、全部言ったら、スッキリしちゃて。
何、好きな人の恋の応援してるんだろうって、可笑しくなっちゃった。」
「ホント、阿子ちゃんは真っ直ぐで、全力だよね。」
優佑君の呆れたような優しい笑顔は、今の私にはまだ危険で、大きな口を開けて笑いながら目を逸らした。
「じゃ、そう言う事です。私の気持ちを聞いてくれて、ありがとう。そして、ちゃんと答えてくれありがとう。じゃ。」
元気にお別れの挨拶をして、その場を離れた。
優佑君が私の背中に何か言ったような気がしたけど、振り向かずに、立ち止まらずに、歩いた。
歩いて、歩いて、優佑君の視界から消えると、顔に張り付けた笑顔も消えた。
「阿子。」
視線を下げて歩く私の目の前に、背の高いキリっと美人な女の人。
「今日はオールでカラオケ行くから。」
「茉奈ぁ~。」
茉奈の強引な優しさに、笑ってごまかしてた痛みが心に広がった。
「二人で思いっ切り、メソメソでウジウジでドロドロの失恋ソング、歌いまくるよ。」
私の腕を力強く引っ張りながら、真っ直ぐ前を向いて誘導する茉奈の横顔は、いつもよりキリっとしていて、絶対にNOは言わせない圧を感じた。
「何で、失恋ソングなの?」
分かっているのに、わざと聞く。
「そんなの、阿子が失恋したからでしょ。失恋した時は落ちるとこまで落ちて、枯れるまで泣くのが一番いいの。」
失恋した私に、今まで、こんなに強引で、こんなに思いの詰まった言葉を掛けてくれた人は居なかった。
茉奈の、飾り気の無い言葉と行動に心が素直に反応した。
私は茉奈の腕にしがみつくと、顔を肩にうずめて、呟いた。
「ありがと。」
茉奈は、優しく私の手を握ると「うん。」と呟いて温かい体温を伝えたくれた。
大丈夫。
きっと大丈夫。
この恋の痛みも、きっと乗り越えられる。
どんなに恋に傷ついても、応急処置をしてくれる友達が、私にはいる。
だから、今は素直に傷をさらそう。
「失恋したぁ~。」
「うん。」
「紫苑に負けたぁ~。」
「うん。」
「でも、紫苑も優佑君も、大好きぃ~。」
「うん。」
茉奈に抱きつきながら、泣いた。
泣きながら、大好きなみんなの顔を思い浮かべた。
紫苑には、明日話そう。
明日なら、笑って話せる気がする。
過去になった、恋の話が。
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