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 8月終わり、私の誕生日。  彼氏もいない、寂しい私を彼氏持ちの茉奈と紫苑が祝ってあげると、イタリアンのレストランを予約してくれた。  いつもより可愛くお洒落して、3人でそれぞれを褒め合いながら、非日常のシチュエーションに、嬉しくてフワフワしていた。  「予約していた井上です。」  紫苑が自分の名字とは違う名前を店員に告げる。  「井上って?」  「紫苑の彼氏の名字。」  茉奈がすかさず答える。  通された席は一番奥で、お店はカジュアルだけど、大人の雰囲気で、私達が普段行く店よりもいいお店でちょっとソワソワした。  「野々村?紫苑ちゃん?阿子ちゃん!」  グラスのスパークリングワインを運んで来てくれた店員さんが私達を見て、驚きの声を上げた。  「ん?康太君?」  黒いシャツにダークブラウンのソムリエエプロンを付けた、イケメンの店員さんは、普段オーバーサイズのトップスを好んで着ている康太君で、イメージが全然違って驚いた。  イケメンは、服装で更にイケメンになるんだ。  「え?予約の井上様って?誰の名字?」  「紫苑の彼氏の名字。今日は阿子の誕生日だから、その御祝。阿子と藤井達へのサプライズも兼ねてね。」  茉奈が悪戯っぽく微笑むと、紫苑も同じように悪戯っぽく微笑んだ。  「そうなんだ。阿子ちゃん、お誕生日おめでとう。」  康太君はとびっきりの笑顔でお祝いを言ってくれた。  「ありがとう。」  私もとびっきりの笑顔でお礼を言った。  「では、ごゆっくり、失礼します。」  康太君は急に店員モードに変わって、仕事に戻った。  「もしかして、ここ、みんながバイトしてるお店?」  私が少し声を押えて、二人に確認する。  「そう。女だけじゃ寂しいでしょ。だから、サプライズ。成功だね?」  紫苑が隠せないドヤ顔で私を見て、笑う。  「さすが紫苑。ありがとう。」  「じゃ、阿子の21歳の誕生日に乾杯。」  茉奈がグラスを持って、乾杯の音頭をとる。  「乾杯。」  私達は小さくグラスを合わせると、良く冷えてはじけるワインを一口飲んだ。  「おめでとう。」  「おめでとう。」  二人に改めてお祝いの言葉をもらう。  「ありがとう。」  心からの感謝を伝える。  冷たいワインは、サプライズに高揚してきた感情を少し押えたけど、料理を運んできてくれた律樹君を見て、気分はまた高揚した。  「本日は、お誕生日おめでとうございます。こちら前菜でございます。」  初めて会った時に誰かが言っていた、律樹君の変な色気は、その通りで、康太君と同じ制服を着ている律樹君は、いつもと全然違った。  普段、目にかかる位の前髪を下ろしているいるのに、今はおでこと大きな目がしっかり見えるほどに前髪を上げている。  髪型がこんなにも律樹君を大人にするなんて、お姉さん、びっくり。  「律樹君ですよね?」  お礼を言う前に、思わず確認した。  「21歳になると急激に視力が落ちるんですか?どこからどう見ても、俺だろ?」  いつもの、舐めた口調に馬鹿にしたような微笑み。  いつもの律樹君の言動だけど、雰囲気が全然違う。  「凄く似合ってるね、その制服と髪型。今日の律樹君は、十代とは思えないわ。」  茉奈が感心したように褒める。  「俺だって、もうすく二十歳だから。俺の誕生日はもっと盛大にお祝いしてくれるよね?」  小悪魔的微笑をお姉さんたちに繰り出して、一瞬でみんなの心を虜にした。  茉奈でさえ、まんざらでは無い微笑みを見せている。  「では、ごゆっくりどうぞ。」  もはや悪魔の微笑みでとどめを刺すと、私達のテーブルに律樹君の存在感をしっかり残して仕事に戻った。  「あの子、ヤバい…。」  律樹君の後姿をみんなで目で追いながら、私が呟くと、二人も同意の頷きを見せた。  普段「可愛い」が勝つからどんな生意気な言動も、弟的にしか見えなかったけど、大人っぽい外見になるだけで、あの生意気な態度が色気に変る。  男の子って、恐ろしい。  そのギャッップ萌えの律樹君が運んでくれた前菜は、どれも美味しく、私達の話題は、男の子の話から一気に料理の話に変った。  だって、「美味しい。」しか出ないくらい、どの料理も美味しくて、私はこの店を予約してくれた二人に心から感謝した。  「こちら本日のメインです。」  メインのステーキを運んできてくれたのは、普段よりもにこやかな笑顔を張り付かせた、鷹緒君だった。  「阿子さん。お誕生日、おめでとうございます。」  「ありがとう。」  まるで、セリフのように私にお祝いの言葉を伝えると、直ぐに奥へ戻って行った。  「鷹緒君、何かぎこちなかったね。あれは、康太君に無理やり言わされたんだろうな。」  「そうかも。普段無愛想なだけに、鷹緒君の営業スマイルはレア感あったわ。」  私も茉奈も、鷹緒君への評価は一緒で、大きな背中を見送りながら、素直な感想を言い合った。  紫苑は可笑しそうに笑いながら、赤のグラスワインを3つ、律樹君に注文していた。  メインのお肉も、パスタも、ワインも最高で、21歳の夜を彼氏と過ごせなくても、こんなにも幸せだと、満腹にほろ酔いで、幸福感がほぼMaxな私は満面の笑みで、感謝を表していた。  最後のデザートには、私のプレートに「Happy Birthday」の文字とガトーショコラには蠟燭が立っていて、正に本日のクライマックスで、私は最高の気分で蝋燭の火を消した。  「おめでとう。これ、店長からのお祝いです。」  コック服を着た優佑君がフルーツがたっぷり入ったサングリアをテーブルに運んでくれた。  優佑君も当然サービスのバイトをしていると思っていただけに、コック服姿は意外過ぎた。満腹でもデザートは別腹の様に、メンズ達のいつもと違う姿にドキドキで一杯だった私にそれ以上の「ドキッ」を上乗せした。  「えっ?店長さんからも?嬉しい、ありがとう。」  段々と大きく鳴る鼓動が聞こえちゃうんじゃないかと思いながら、鼓動を誤魔化すように、はしゃいでお礼を言う。  「ちなみに、このデザートプレートは俺の力作。」  消した蝋燭を抜いて、私の耳にそう耳打ちすると、甘い余韻をたっぷり残して奥へ消えた。  この酔いの原因は、お酒なのか、メンズなのか分からなくなって来た。  イヤ、分かっている。  完全にメンズに酔っている。  制服が似合う康太君も、変な色気が漂う律樹君も、営業スマイルが可愛い鷹緒君も、コック服を着た料理男子の優佑君の登場で印象が薄まり、私の心はフライング気味に、恋の始まりを予感した。  「私、優佑君の事好きになりそう。」  レストランからの帰り道、幸せで浮ついた足取りで私は茉奈と紫苑に告白した。  「出た。阿子の恋愛宣言。」  茉奈がからかうように言う。  「阿子が、優佑君って意外。律樹君の方だと思ってた。」  紫苑が少し驚いた顔で言う。  「律樹君は完全に友達キャラだわ。それに、あっちが私をその扱いしかしないし。」  「分かるぅ~。」  と3人で声を合わせて、同意した。  あぁ、21歳は楽しい歳になりそうだ。
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