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 「好きかも。」と意識したら、もう恋に落ちている。  この恋が成就するための、「駆け引き」とか、「仕掛け」とか、私には全然向いてない。  作戦は素直に心に従うだけ。  でも、相手の気持ちが分からないうちは告白は出来ない。  こういう所は乙女なんだよね。  だから、「好き好きオーラ」全開で相手に自分をアピールする。  一緒に居る時は隣をキープする。とか。  たまには個人LINEに「お勧め動画、見た。面白かったよ。」とか。    優佑君の事はいっぱい知った。  お父さんは高校1年生の時に、事故で無くしている事。  実家は祖父の代から続く大きな花屋で、大学を卒業したら継ぐため、店を切り盛りしている母親の下で働くと決めている事。  好きな花は向日葵で、初めて付き合った彼女にあげたプレゼントは、向日葵の花束だった事。  何気ない時に口ずさむ歌は、古い洋楽で、私は全然知らない曲ばかりだって事。  好きな女の子のタイプは、絶対に秘密だけど、好きな女優さんは元アイドルグループの清純派だって事。  現在、恋愛お休み中なのは、元カノが忘れられないからじゃ無くて、中途半端な恋愛をしないためだって事。  甘いモノは得意だけど、辛い物は苦手で、カレーは絶対に甘口じゃ無きゃ食べられない事。  蛇やカエルは平気なのに、犬が怖い事。  絵を描くと、笑えるくらい芸術的だって事。  私を「阿子ちゃん。」と呼ぶ声はとってもくすぐったく聞こえる事。  もっと、もっとたくさん知ったけど、まだまだ知りたい。  何より、優佑君の心の中で、私はどんな存在なのかが知りたい。  お休み中の恋愛が動き出しちゃうような、存在にはなれないのか、知りたい。  でも、みんなに優しい優佑君から、まだ「特別」を貰えてないから、きっと私はまだ「友達の阿子ちゃん。」でしか無いんだろう。  まぁでも、目に見えるライバルは今のところ居ないし、私は私のやり方で恋をする。    私の誕生日から1ヶ月後。  律樹君が二十歳になった。  もちろん、みんなで盛大にお祝いして、初めてのお酒を教えてあげた。  律樹君は酔うと可愛い顔はそのままなのに、日ごろ心に貯めている不満やうっぷんを晴らすように、誰彼構わず絡む奴だった。  みんなは律樹君にお酒を教えたことを後悔し、その後、律樹君が酔うと、誰がが生贄のごとく差し出され、生贄にしっかり絡みつく律樹君を見て、みんなは自分の平和を感じながら楽しい夜を過ごすのが、最近の定番になりつつあった。  秋のお月見も終わって、夜は段々と秋の寒さが本格的になって来た頃、みんなの中で一番広い部屋に住んでいる律樹君の部屋で、いつもの半分くらいの人数で飲んでいると、この日は私が生贄に差し出され、可愛い顔はそのままで、目が据わって来た律樹君にしっかり絡まれていた。  今日の話題は、自然消滅だと思っていた元カノが、自分が思っていたよりも早く別れたつもりでいて、まだ付き合ていると思っていた頃から、新し恋人を作っていたことを、最近知って、「女って、ズルい。」がテーマらしい。  「別れたく無って言ったのは、彼女の方だったのに。」をもう何回聞いただろう。私はその度に「その時は、別れたくなかったんだよ。」と忌憚の無い言葉を返し、素直な女心を教えてあげる。  可愛いけど、ウザい。  私は優佑君と距離を縮めたいのに。  今のところ、私の邪魔をするのは、酔っぱらった律樹君だけだ。  優佑君は康太君と紫苑と楽しそうに話をしていて、私と律樹君の事は視界にも入れていない。  ワインを二人で1本空けて、私もいい感じに酔いが回って来た頃、ようやく律樹君がトイレに立ったタイミングで拘束から逃れられた。  私は助けを求めるように3人の輪に飛び込んだが、3人のはずが、一人しかおらず、紫苑と優佑君の姿が無かった。  「紫苑と優佑君は?」  スマホを食い入るように見ている康太君に聞く。  「ん~?あぁ、買い出しに行った。」  スマホから目を離さずに、答える。  買い出し、二人で。  心がザワ付いたけど、紫苑は私が優佑君の事を気になっていることを知っているから、大丈夫だよね。  気持ちを落ち着かせるために、自分に言い聞かせる。  紫苑には彼氏もいるし。  二人の不在に気付いてから急に、時計の針は遅く進むのに、トイレから戻った律樹君にまた絡まれそうになったが、「同性の意見も聞いた方がいい。」と今度は康太君を生贄に差し出した。  私は巻き込まれることを恐れて、酔いを醒ますために小さなベランダに出た。  まだ、吐く息は白くはならないけど、お酒に火照った頬に気持ちの良い冷気が当たり、2,3回深く息を吸い込んだら、酔い始めた脳まで正気に戻してくれた。  晴れた夜空に星がいくつか見えて、欠けた月が申し訳なさそうに夜を照らす。  なんとなく、下の道路を見ると、コンビニの袋を持ったカップルが手を繋いでゆっくりと歩いているのに目が留まった。  少し前を歩く彼氏が立ち止まって、彼氏を見上げる彼女の頭を優しく撫でる。  二人はしばらくじっと見つめ合う。  キスでもするようような雰囲気に、「映画みたいだな。」なんて羨ましい視線を向けていると、二人は気まずそうに、今度は手を繋がずに歩き出した。  ちょうど外灯の横を通った時、その二人は、優佑君と紫苑だと気が付いた。  何で?  私の冷めた頭に胸の鼓動が段々と大きく鳴り始めた。  冷静に状況を判断しようとしても、最初に感じた自分の感想を打ち消すことは出来なかった。  紫苑には彼氏がいて、優佑君は恋愛はお休みするって言ってたのに。  何であんな雰囲気になるの?  私は康太君に絡んでいる律樹君のワイングラスを奪い取ると、一気に飲み干した。  「阿子ちゃんのワインはちゃんとあそこにあるよ。」  律樹君が据わった目で、テーブルに置いてある私の飲みかけのワイングラスを指すと私の手から空になったワイングラスを奪い取った。  「律樹は飲みすぎなんだよ。とりあえず、次の一杯は水を飲め。  阿子ちゃんは、それが言いたかったんだよ。」  康太君はフォローすると言うより、律樹君から逃れるタイミングを逃がさないように冷蔵庫に水を取りに行って、無駄の無い動きで、ワイングラスに並々と水を入れた。  「そう言う事。ここはみんなで水飲んで、小休止ね。」  私も動揺を誤魔化すように、自分のワイングラスを空にして、康太君に空のグラスを指し出した。  康太君は「待ってました。」とばかりに、私にも並々と水を注いだ。  私は不満そうな顔をしている律樹君のグラスに無理やり乾杯をすると、一気に全部飲み干した。  体中に広がり出した鼓動の音は、無理やり流し込んだ水と共に、胃の中に流れ、今度は細胞に広がるようにじんわりと嫌な焦燥感を広げて行った。  3人で水を飲み合っていると、優佑君と紫苑が帰って来た。  「何飲んでんの?」  私達の様子を素早くツッコむ優佑君は、高い背でみんなの視線から紫苑を隠している様に見えた。  「律樹が飲み過ぎだから、水飲ませてるんだよ。ねぇ、阿子ちゃん。今度は優佑君が生贄だからね。」  康太君が半分になったペットボトルの水を優佑君に押しつけると、スマホを持って背を向けた。  紫苑は何も言わずにコンビニの袋に入っている物を冷蔵庫に仕舞い、新しく買ってきたお菓子をお皿に出した。  暑かった夏を一緒に過ごしたのに、全然日焼けしていない白い頬の紫苑の横顔は、笑顔を作っていたけど、笑った目は少し涙目になっていたし、優佑君は律樹君をなだめながらも紫苑の姿を優しい目で追っていた。  何?  この買い出しの時間に何があったの?  無理やり落ち着かせたザワツキが、一瞬にして体中に広がった。  ねぇ、私は優佑君が好きなんだよ。  優佑君は誰が好きなの?  紫苑は、彼氏と優佑君のどっちが好きなの?  駆け引きなんて出来ない私がする事は一つ。  まずは、紫苑と話しをする事。
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