1人が本棚に入れています
本棚に追加
1
大学3年。
梅雨のジメジメした湿度でセットした髪が崩れても、それが話題になったりして、女子同士のおしゃべりは、どんな時も永遠に続く。
お昼まで降っていた雨が上がっても、まとわりつく様な湿度は夜になっても変わらない。女子3人で、夏休みに行く旅行の計画を駅近くの居酒屋で立てていると、茉奈が「高校の同級生に会った。」と言って、トイレから戻って来た。
「ねぇねぇ、阿子、紫苑。高校の同級生だった藤井君にトイレでばったり会ってさ、向こうも男ばっかで友達と飲んでるから、良かったら一緒に飲まないかって誘われたんだけど、どう?」
茉奈は、一番奥の離れた席に視線を向け、「あっちで飲んでいる。」と視線だけで教える。
茉奈の視線を辿っても、遠いし、間にあるテーブルが邪魔して全然見えない。
ちなみに、茉奈は高校から付き合っている彼氏がいて、紫苑には遠距離恋愛中の社会人の彼氏がいる。
私だけが、現在彼氏募集中なので、めったに無い出会いのチャンスに前のめりで答える。
「私は賛成。」
即答。
「私は微妙。」
紫苑は乗り気では無さそう。
「とりあえず、飲んでみて、イヤだったら、彼氏の話をもちだして帰ろう。」
茉奈は現実的な交渉をする。
「うーん、じゃぁ。OK。」
紫苑の渋々のOKが出ると、茉奈は友達のいるテーブルに交渉成立の報告に行った。
私はすかさずバッグから鏡を出して、メイクをチェックする。
湿気のせいでアイメイクが崩れてきてる。おまけに髪の毛もぺったんこ。
下がって来たまつ毛を指で持ち上げて、手で髪を持ち上げて、せめてものボリュームを出す。
こんな事をしても、劇的に可愛くはならないけど、気持ちはちょっと可愛くなれる。
だって、第一印象って大事だし。
茉奈は、背が高くてスタイルが良い上にキリっとした美人。
紫苑は、透き通るような白い肌と大きな目が可愛いい女の子。
私は、二人に比べると普通過ぎて、精一杯のメイクと洋服で何とかバランスを保っている、と思っている。
「あっちのテーブルの方が広いから移動ね。」
茉奈は店員さんに移動することを伝えると、新しく3人分のドリンクをオーダーしてから私達を引率した。
ワクワクとドキドキと期待を胸に抱いて、出会いに向かった。
店の一番奥。一番大きな8人掛けのテーブルに3対1で座っている大学生?くらいの男の人、4人。
「こんばんわ、お邪魔します。」
茉奈が何の迷いも無く、3人が座っている方の唯一空いている椅子に座る。
私は迷うことなく、4人の中で一番若そうな男の子が一人で座っている隣に座る。紫苑も私の隣に。
「こんばんわ。茉奈の友達の阿子です。」
私は、「可愛い」を意識した笑顔を、4人のメンズに向ける。
「紫苑です。」
紫苑はちょっと引き気味で、私とは対照的。
「野々村の友達は、みんな可愛いね。」
茉奈の隣に座っているのがきっと、高校の同級生だと言う藤井君だろう。
爽やか系イケメンの王道タイプ。明るい表情とよくしゃべる口は、この場の空気を明るくしている。
「野々村の友達の藤井康太です。で、このガタイがイイ、無表情は、三倉鷹緒。コイツ、機嫌悪そうに見えるけど、そんな事無いから。それと、テンション低いかもだけど、スッゴイ楽しんでるから。」
藤井君の隣に座っている、ガタイのイイ、硬派そうな鷹緒君は、紹介されるとペコリと頭を下げるだけで、目も合わなかった。
悪くは無いけど、好印象でも無い。
「鷹緒の隣のシルバーヘアーのお兄さんは、森田優佑君。」
「優佑です。よろしく。こんな見た目だけど、怖がらないでね。もうすぐ花屋に就職する、オーガニック・ボーイだから。」
確かに他の3人とはちょっと違う危険な香りがするお兄さんって感じ。でも、口を開くと藤井君ほどじゃ無いけど、明るくて、笑うと少し吊り上がった目は細く目尻が下がり、大きく開けた口はおおらかな感じに見える。一瞬で私達の警戒心を解いてくれたのがイイ感じ。
「最後に、えっと、阿子ちゃん?の隣に座ってるのが、もうすぐ二十歳の涌井律樹。初対面の時だけチョー、人見知りだけど、心はオープンだからいっぱい話してやって下さい。お願いします。」
「涌井です。」
藤井君の紹介で、ペコっと頭を下げた律樹君は、二十歳よりも若く見えて、まだ高校生でも通用する初々しさが、何だか眩しい。
紹介が終わったところに、頼んでいた私達のドリンクが届いて、自然に乾杯。
乾杯が終わると、凄く自然に藤井君が紫苑の隣に座った。
そして、ベテランMC並みに、凄く自然に会話を回す。
私はみんなの話を聞きながら、メンズの現在進行形の恋愛を探る。
鷹緒君は、付き合って1年の可愛い彼女有り。
藤井君は、最近付き合いだした年上の彼女に振り回され中。
優佑君は、最近同い年の彼女と別れたばっかで、現在は恋愛、お休み中。
律樹君は、高校生から付き合ってる彼女と自然消滅しかけているのか、したのか。ってとこらしい。
タイプで言うと、藤井君が一番なんだけど、あの人当たりの良さが逆に疑わしくて、彼女になったら心配でケンカばっかりしそうだなと思うので、無し。
鷹緒君は彼女一筋って感じがするから、わざわざ手は出さない。
そうなると、今、私がターゲットにするべきは、1つ年上の、明るいけど危険な香りのする優佑君か、一つ年下だけど、もっと年齢差を感じるイケナイ香りのする律樹君か。
私は何となく狙いを定めて、二人を観察する。
4人は大学はバラバラだけどバイト仲間で、雰囲気もバラバラだけど、何でか気が合って、よく遊んだりしているらしい。
「俺、高校の頃、野々村の事好きだったんよな。」
藤井君が目の前に座る茉奈に、嘘かホントか分からないような笑顔で、過去の恋を告白する。
「そう言うの、いらないから。藤井、いっつも彼女、居たじゃない。しかも、毎年違う、可愛い子。」
茉奈は喜ぶどころか、迷惑そうな表情で、藤井君の告白をかわす。
「そうそう。康太は彼女が切れた事ないからなぁ。おまけにいっつも女の子の方から寄って来るし。」
優佑君がすかさず、余計な情報を入れる。
「それ、俺がっモテるって褒めてくれてるんだよね?」
「いや、この中で、一番モテてるのは、律樹だから。」
鷹緒君がボソッと、ツッコむ。
「えっ?律樹君、藤井君よりモテるの?」
私は素直に驚いて、隣で大人しくジンジャーエールを飲んでいる律樹君を見る。
「こいつ、今はこんな可愛い感じだけど、バイトの制服着ると、変な色気が出るんだよ。その姿にお客さんや、バイトの女の子たちがやられるんだよな。」
優佑君が向かいの律樹君に優しい笑顔で、からかうように言う。
何それ。
イケナイ香りは、そっちの方なの?
急に律樹君に興味が湧いて、体ごと律樹君に向く。
「そんなに見ても、何も変わらないよ。今日は制服じゃ無いし、それに優佑君は大げさに言ってるだけだから。」
律樹君は、はしゃいでいる先輩たちをたしなめる。その冷めた視線が、ギリギリ未成年なのに、大人の落ち着きに見えてきた。
ヤバい。これがイケナイ色気?
「ホントに19歳?見た目が若いからって、サバ呼んでないよね?」
惑わされる前に、一応確認。
「阿子さんこそ、ホントに俺の1っこ上?」
質問を質問で返されても、長いまつ毛の大きなキラキラの目で真っ直ぐ見られると、どうでもよくなる。
「どういう意味で聞いてるの?もっと上に見えるとか?」
「いや。俺と同じくらいか、下って感じ。」
「えっ?やだ、嬉しい。私、女子高生で行けるって事だよね。」
最近は年相応にしか見られ無いから、素直に喜ぶ。
「律樹君が言ってるのは、見た目じゃ無くて、精神年齢的な事だと思うよ。」
紫苑が浮ついた私の肩をしっかり掴んで、冷静なツッコミを入れる。
「えっ?そう言う事?」
紫苑と律樹君の顔を交互に見ながら確認する。
「紫苑さん、正解。」
律樹君が悪戯っぽい目をして笑いながら、私越しの紫苑に親指を立ててgoodサインをする。
紫苑も得意気な笑顔で同じように親指を立ててgoodサイン。
「俺も同意。」
優佑君まで、私の精神年齢を未成年と判断して、テーブル越しに真面目な顔をして頷いた。
「え~、何で?どこが?」
「考えてる事が全部行動に出てるし、思った事を口にしてるし。クルクル表情が変わって面白いとこかな。」
「俺、康太君と同じくらい騒がしい女の人、こっちに出てきて初めて会ったかも。」
「これ、褒められてるの?馬鹿にされてるの?」
私の隣でケラケラと可笑しそうに笑っている紫苑に聞く。
「阿子の事、面白くていい子だって言ってくれてるんじゃない?」
「そうなの?」
優佑君と律樹君を交互に見る。
「そうそう。こんなに可愛いのに、素直な性格で、もっと可愛いねって言ってるんだよ。」
優佑君が切れ長の目を細めて、ニッコリ微笑みながら優しい声で私に言った。
「そうそう。阿子さん優しそうで、キレイなお姉さんだから、つい調子にのっちゃって。」
律樹君まで急に上目遣いの可愛い顔をして、私に言う。
「阿子、全部、真に受けちゃうから、今日はこの位にしてあげて。」
二人のメンズに有難いお言葉を頂いて、今日一番の幸せを感じている私を、紫苑が制する。
「え~、サービストークでも幸せなんだから、もっと言って。」
少しおどけながらも、本心を漏らす。
そんな私を、3人は笑って、私も可笑しくて笑った。
渋っていた紫苑も、どうでも良さそうだった茉奈も、解散するころには、一番乗り気だった私と同じくらいのテンションになっていた。
「今度は楓汰も一緒に飲みたいって、藤井。」
茉奈は藤井君にLINE画面を見せながら、話をする。
「何?俺と一緒に居る事、もう彼氏に報告したの?」
「うん。さっき、LINE来たから。」
「楓汰。あいつ相変わらず遠回しな牽制するよな。そんで、こういう時の楓汰は怖ぇ~んだよ。怒られないうちに楓汰もいれて、このメンバーでまた飲み会しようよ。」
藤井君の誘いは自然過ぎて、みんなは笑顔で頷いた。
そして約束通り、茉奈の彼氏の楓汰君と、時々、鷹緒君の彼女の理央ちゃんが加わった私達9人は、夏が終わる頃にはすっかり仲のいいグループになっていた。
最初のコメントを投稿しよう!