1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

 大学3年。  梅雨のジメジメした湿度でセットした髪が崩れても、それが話題になったりして、女子同士のおしゃべりは、どんな時も永遠に続く。  お昼まで降っていた雨が上がっても、まとわりつく様な湿度は夜になっても変わらない。女子3人で、夏休みに行く旅行の計画を駅近くの居酒屋で立てていると、茉奈(まな)が「高校の同級生に会った。」と言って、トイレから戻って来た。  「ねぇねぇ、阿子(あこ)紫苑(しおん)。高校の同級生だった藤井君にトイレでばったり会ってさ、向こうも男ばっかで友達と飲んでるから、良かったら一緒に飲まないかって誘われたんだけど、どう?」  茉奈は、一番奥の離れた席に視線を向け、「あっちで飲んでいる。」と視線だけで教える。  茉奈の視線を辿っても、遠いし、間にあるテーブルが邪魔して全然見えない。  ちなみに、茉奈は高校から付き合っている彼氏がいて、紫苑には遠距離恋愛中の社会人の彼氏がいる。  私だけが、現在彼氏募集中なので、めったに無い出会いのチャンスに前のめりで答える。  「私は賛成。」  即答。  「私は微妙。」  紫苑は乗り気では無さそう。  「とりあえず、飲んでみて、イヤだったら、彼氏の話をもちだして帰ろう。」  茉奈は現実的な交渉をする。  「うーん、じゃぁ。OK。」  紫苑の渋々のOKが出ると、茉奈は友達のいるテーブルに交渉成立の報告に行った。  私はすかさずバッグから鏡を出して、メイクをチェックする。  湿気のせいでアイメイクが崩れてきてる。おまけに髪の毛もぺったんこ。  下がって来たまつ毛を指で持ち上げて、手で髪を持ち上げて、せめてものボリュームを出す。  こんな事をしても、劇的に可愛くはならないけど、気持ちはちょっと可愛くなれる。  だって、第一印象って大事だし。  茉奈は、背が高くてスタイルが良い上にキリっとした美人。  紫苑は、透き通るような白い肌と大きな目が可愛いい女の子。  私は、二人に比べると普通過ぎて、精一杯のメイクと洋服で何とかバランスを保っている、と思っている。  「あっちのテーブルの方が広いから移動ね。」  茉奈は店員さんに移動することを伝えると、新しく3人分のドリンクをオーダーしてから私達を引率した。  ワクワクとドキドキと期待を胸に抱いて、出会いに向かった。  店の一番奥。一番大きな8人掛けのテーブルに3対1で座っている大学生?くらいの男の人、4人。  「こんばんわ、お邪魔します。」  茉奈が何の迷いも無く、3人が座っている方の唯一空いている椅子に座る。  私は迷うことなく、4人の中で一番若そうな男の子が一人で座っている隣に座る。紫苑も私の隣に。  「こんばんわ。茉奈の友達の阿子です。」  私は、「可愛い」を意識した笑顔を、4人のメンズに向ける。  「紫苑です。」  紫苑はちょっと引き気味で、私とは対照的。  「野々村の友達は、みんな可愛いね。」  茉奈の隣に座っているのがきっと、高校の同級生だと言う藤井君だろう。  爽やか系イケメンの王道タイプ。明るい表情とよくしゃべる口は、この場の空気を明るくしている。  「野々村の友達の藤井康太(ふじいこうた)です。で、このガタイがイイ、無表情は、三倉鷹緒(みくらたかお)。コイツ、機嫌悪そうに見えるけど、そんな事無いから。それと、テンション低いかもだけど、スッゴイ楽しんでるから。」  藤井君の隣に座っている、ガタイのイイ、硬派そうな鷹緒君は、紹介されるとペコリと頭を下げるだけで、目も合わなかった。  悪くは無いけど、好印象でも無い。  「鷹緒の隣のシルバーヘアーのお兄さんは、森田優佑(もりたゆうすけ)君。」  「優佑です。よろしく。こんな見た目だけど、怖がらないでね。もうすぐ花屋に就職する、オーガニック・ボーイだから。」  確かに他の3人とはちょっと違う危険な香りがするお兄さんって感じ。でも、口を開くと藤井君ほどじゃ無いけど、明るくて、笑うと少し吊り上がった目は細く目尻が下がり、大きく開けた口はおおらかな感じに見える。一瞬で私達の警戒心を解いてくれたのがイイ感じ。  「最後に、えっと、阿子ちゃん?の隣に座ってるのが、もうすぐ二十歳の涌井律樹(わくいりつき)。初対面の時だけチョー、人見知りだけど、心はオープンだからいっぱい話してやって下さい。お願いします。」  「涌井です。」  藤井君の紹介で、ペコっと頭を下げた律樹君は、二十歳よりも若く見えて、まだ高校生でも通用する初々しさが、何だか眩しい。  紹介が終わったところに、頼んでいた私達のドリンクが届いて、自然に乾杯。  乾杯が終わると、凄く自然に藤井君が紫苑の隣に座った。  そして、ベテランMC並みに、凄く自然に会話を回す。  私はみんなの話を聞きながら、メンズの現在進行形の恋愛を探る。  鷹緒君は、付き合って1年の可愛い彼女有り。  藤井君は、最近付き合いだした年上の彼女に振り回され中。  優佑君は、最近同い年の彼女と別れたばっかで、現在は恋愛、お休み中。  律樹君は、高校生から付き合ってる彼女と自然消滅しかけているのか、したのか。ってとこらしい。  タイプで言うと、藤井君が一番なんだけど、あの人当たりの良さが逆に疑わしくて、彼女になったら心配でケンカばっかりしそうだなと思うので、無し。  鷹緒君は彼女一筋って感じがするから、わざわざ手は出さない。  そうなると、今、私がターゲットにするべきは、1つ年上の、明るいけど危険な香りのする優佑君か、一つ年下だけど、もっと年齢差を感じるイケナイ香りのする律樹君か。  私は何となく狙いを定めて、二人を観察する。  4人は大学はバラバラだけどバイト仲間で、雰囲気もバラバラだけど、何でか気が合って、よく遊んだりしているらしい。  「俺、高校の頃、野々村の事好きだったんよな。」  藤井君が目の前に座る茉奈に、嘘かホントか分からないような笑顔で、過去の恋を告白する。  「そう言うの、いらないから。藤井、いっつも彼女、居たじゃない。しかも、毎年違う、可愛い子。」  茉奈は喜ぶどころか、迷惑そうな表情で、藤井君の告白をかわす。  「そうそう。康太は彼女が切れた事ないからなぁ。おまけにいっつも女の子の方から寄って来るし。」  優佑君がすかさず、余計な情報を入れる。  「それ、俺がっモテるって褒めてくれてるんだよね?」  「いや、この中で、一番モテてるのは、律樹だから。」  鷹緒君がボソッと、ツッコむ。  「えっ?律樹君、藤井君よりモテるの?」  私は素直に驚いて、隣で大人しくジンジャーエールを飲んでいる律樹君を見る。  「こいつ、今はこんな可愛い感じだけど、バイトの制服着ると、変な色気が出るんだよ。その姿にお客さんや、バイトの女の子たちがやられるんだよな。」  優佑君が向かいの律樹君に優しい笑顔で、からかうように言う。  何それ。  イケナイ香りは、そっちの方なの?  急に律樹君に興味が湧いて、体ごと律樹君に向く。  「そんなに見ても、何も変わらないよ。今日は制服じゃ無いし、それに優佑君は大げさに言ってるだけだから。」  律樹君は、はしゃいでいる先輩たちをたしなめる。その冷めた視線が、ギリギリ未成年なのに、大人の落ち着きに見えてきた。  ヤバい。これがイケナイ色気?  「ホントに19歳?見た目が若いからって、サバ呼んでないよね?」   惑わされる前に、一応確認。  「阿子さんこそ、ホントに俺の1っこ上?」  質問を質問で返されても、長いまつ毛の大きなキラキラの目で真っ直ぐ見られると、どうでもよくなる。  「どういう意味で聞いてるの?もっと上に見えるとか?」  「いや。俺と同じくらいか、下って感じ。」  「えっ?やだ、嬉しい。私、女子高生で行けるって事だよね。」  最近は年相応にしか見られ無いから、素直に喜ぶ。  「律樹君が言ってるのは、見た目じゃ無くて、精神年齢的な事だと思うよ。」  紫苑が浮ついた私の肩をしっかり掴んで、冷静なツッコミを入れる。  「えっ?そう言う事?」  紫苑と律樹君の顔を交互に見ながら確認する。  「紫苑さん、正解。」  律樹君が悪戯っぽい目をして笑いながら、私越しの紫苑に親指を立ててgoodサインをする。  紫苑も得意気な笑顔で同じように親指を立ててgoodサイン。  「俺も同意。」  優佑君まで、私の精神年齢を未成年と判断して、テーブル越しに真面目な顔をして頷いた。  「え~、何で?どこが?」  「考えてる事が全部行動に出てるし、思った事を口にしてるし。クルクル表情が変わって面白いとこかな。」  「俺、康太君と同じくらい騒がしい女の人、こっちに出てきて初めて会ったかも。」  「これ、褒められてるの?馬鹿にされてるの?」  私の隣でケラケラと可笑しそうに笑っている紫苑に聞く。  「阿子の事、面白くていい子だって言ってくれてるんじゃない?」  「そうなの?」  優佑君と律樹君を交互に見る。  「そうそう。こんなに可愛いのに、素直な性格で、もっと可愛いねって言ってるんだよ。」  優佑君が切れ長の目を細めて、ニッコリ微笑みながら優しい声で私に言った。  「そうそう。阿子さん優しそうで、キレイなお姉さんだから、つい調子にのっちゃって。」  律樹君まで急に上目遣いの可愛い顔をして、私に言う。  「阿子、全部、真に受けちゃうから、今日はこの位にしてあげて。」  二人のメンズに有難いお言葉を頂いて、今日一番の幸せを感じている私を、紫苑が制する。  「え~、サービストークでも幸せなんだから、もっと言って。」  少しおどけながらも、本心を漏らす。  そんな私を、3人は笑って、私も可笑しくて笑った。  渋っていた紫苑も、どうでも良さそうだった茉奈も、解散するころには、一番乗り気だった私と同じくらいのテンションになっていた。  「今度は楓汰も一緒に飲みたいって、藤井。」  茉奈は藤井君にLINE画面を見せながら、話をする。  「何?俺と一緒に居る事、もう彼氏に報告したの?」  「うん。さっき、LINE来たから。」  「楓汰。あいつ相変わらず遠回しな牽制するよな。そんで、こういう時の楓汰は怖ぇ~んだよ。怒られないうちに楓汰もいれて、このメンバーでまた飲み会しようよ。」  藤井君の誘いは自然過ぎて、みんなは笑顔で頷いた。  そして約束通り、茉奈の彼氏の楓汰君と、時々、鷹緒君の彼女の理央ちゃんが加わった私達9人は、夏が終わる頃にはすっかり仲のいいグループになっていた。      
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!