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なんとか本を読み終えた私は、最近通い慣れた理科室へと急いだ。
「あ・え・い・う・え・お・あ・お」
「か・け・き・く・け・こ・か・こ……」
理科室に入る前から、聞こえてきた”あいうえお”のような言葉。
これは一体、なんなのだろうか?
「失礼しまーす……」
念には念をで、小さくノックをしたあと理科室に入ると、佐藤くんと目が合った。
「あっ……」
「お待たせしました?」
「全然、大丈夫」
放課後は写真同好会という場所での、秘密のレッスンにも慣れてきた。アクシデントもあって距離が近づいたような部分もあって、佐藤くんと私は、レッスン内容だけでなく、たわいもないことも喋るようになっていた。
そうは言っても、”私から話しかけている”って、言った方が正しい、かもしれないけど。
「レッスンっていうレッスンは、ここ最近、その事務所に入ってからはじめたばっかりだったから」
さっきまで聞こえてきた”あいうえお”っぽいものは、発声練習&滑舌練習らしい。
しかし、練習と言っても、これは運動する前の準備運動のようなものとのこと。なんとなく言葉として聞いたことはあるが、実際、見たのは初めてだった。
諏訪様の本に書いてあったもの発声練習と違っていて、声優という仕事の奥深さをリアルで体感した。
「はじめたばっかり、というと、まだ声優事務所に入ったばっかり、ってこと?」
「あぁ、うん。事務所に入ったって言っても、所属じゃなくて、預かりっていう立場ではあるのだけど。
まさか、オーディション受かると思ってなくて……」
そう困ったように笑う佐藤くん。
「それは、どういうこと?」
控えめな佐藤くんが声優として活動するきっかけが薄々気になっていた私は、思わず大きな声で聞いてしまった。
佐藤くんは一瞬、驚いた顔をしたあと、ゆっくりと口を開いた。
「オーディションのきっかけは母さんだったんだ。引っ込み思案で、その上、人付き合いが薄くて、家と学校の往復で話すこともなくて、会話もうまく弾まなくて……」
自宅でも、あまり喋らないんだ。という新たな発見と、確かにそれはお母さんが心配するのもわかる気がした。
「それで……声優オーディションをたまたま目にした母さんが、アニメやサブカルチャーが好きなら、俺も興味が出ると思ったらしいんだ」
「なるほど」
「最初、聞いたときは驚いたけど、母さんが心配していたのわかってたから」
そう困ったように笑う佐藤くん。
私も佐藤くんの気持ちも、心配する親の気持ちもわかった。
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