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「母さんは無理強いはしなかったよ。声優には興味があったし……それに受かる、受からないより1回チャレンジして親と自分が納得するようにした方がいいと思ったんだ」
懐かしむように、目を細めた佐藤くん。
その表情は、達成したと言う晴々とした表情ではなく、どちらかと言えば浮かない表情という方がしっくりくる。
「えっと結果は合格した、んだよね?」
表情と内容が合っていないような気がして、ひっそりとした小さな声で確認した。
合格しているからこそ、こうして、声優の仕事をしているのは確かなのに。
「一応、ね。特別賞っていうので、オーディション本来の合格というか、優勝したのは別の人だよ」
「いやいや、全然、すごいことだよ!? もっと自慢してもいいくらいだよ!?」
「そうなのかもしれないけど、たまたま運がよかっただけなような気がして……」
「あー……運も実力のうちって聞いたことある、よ?」
「けど……」
表情が暗かった理由がわかった。
素人同然の自分が、優勝じゃないとはいえ、合格という切符を手にすることができたことに対する負い目を、佐藤くんは感じている。
テレビなどに出演している芸能人のインタビューでも、よく目にしたり、耳にしたりするオーディション話で「友達の付き合いで……」なんて言っている人が意外と受かっていることが多い。本気で目指している人からしたら、そんな”本気じゃない”軽い気持ちではじめるなって思われてしまう。
誰かにとっては希望を感じるけど、誰かにとっては、不快な話だから、諸刃の剣になってしまう。
だからってワケでもないけど、でも、私は、受かってからのその人の向き合い方次第だと思うので、そういう批判は好きではない。
「私は好きだよ。佐藤くん、すごく頑張ってて、真剣に向き合っているもん」
佐藤くんが声優になった成り行きは、ほんの些細なキッカケで、声優になりたいより、自分を変えたい、そんな自分本意な気持ちだったのは確かだと思う。
だけど、佐藤くんはこんなにもちゃんと向き合っている。
声オタの私に、話したこともないクラスメイトに、ファン目線のアドバイスをお願いするぐらい、悩みに悩んで、声をかけた。
「あ、ありがとう」
不慣れな、はにかむような笑顔は、胸をほっこりとさせる。
声オタの私の分析でいうならば、佐藤くんにとったらオーディションは、結果より受けることに意義があったから、ある意味、自然体でよかったのかもしれない。
何がどう引っかかるなんてわからない。
そんな厳しい芸能の仕事をすることに本当に尊敬するばかりだし、だからこそ、全力で応援したいんだ。
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