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1.
結婚は、難易度が高い。
鳴川萌奈は、スマホに返ってきた返事を見て落胆する。内容はいつもの定型文で、鳴川さんのような自立した女性は僕にはもったいないです、という遠回しのNG。
マッチングアプリでマッチングできない自分。さっきまで笑顔で会話を交わし、今度は映画でもいいですね、なんて前向きな話をしていたところだったのに。人間不信にでもなりそうだ。次に生かすため、欠陥を教えて欲しいと思う。切実に。
「はぁ、早く見つけないと」
どさっとベッドに身を投げ出すと、束になった手紙が背中の下で主張する。葉書を持ち上げると、結婚しました、家族が増えました、家を建てました、と友人達が順調に人生のコマを進めていることが分かる。S N Sで見るのを避けていても、こうやって否応なしに知らされると、ふいに、冷や水を浴びせられた気になる。
結婚。
最初の足がかりはいつもそれ。この先の進路を変えてゆくもの。
順番に葉書をめくり、最後に出てきたのは一枚の絵葉書だった。お味噌汁とお茶碗、たくわんが乗ったイラストが描かれている。差出人は、鳴川トヨコ。祖母だ。
―――もえちゃん、元気しとんね? 結婚ば、どうなっちょる?
水彩文字は、記憶の祖母の声と同じように、優しくにじんでいる。
「どうもなっちょらん。もえは誰ともマッチングできんと」
萌奈が東京に出てきて、今年で十年になる。
憧れていた広告代理店に就職し、その後は順調に出世した。今は主任で、部下も居る立場だ。それは張り合いで誇りだ。同期の羨望の眼差しを受け、バリバリと仕事をこなしてきた。脇目もふらず駆け抜けた結果、周りの女性は次々に結婚し、男性は自分より若い子と結婚していた。仕事では最先端の化粧品のC Mを作っていたはずが、気づけば人生のミッションでは取り残されていた。行き遅れ、とやっかんだ社員からの陰口を耳にしたとき、とっさに誰のことを言っているのか分からないぐらい、萌奈は仕事に夢中だった。
葉書を置き、スマホを手に取る。祖母の名前を探し、すぐにタップする。
―――いつでもかけておいでぇ。なんなら、すぐに帰ってきたっていいんだわ。
お守り代わりの言葉を噛み締め、電話口に祖母が出ると、萌奈は堰を切ったように婚活のことを話した。ふむふむと神妙な相槌をうち、祖母は話に耳を傾ける。
「ばぁちゃん、もえはたった一人のひとを見つけられんと。どうしたらええかね?」
「ほんだらば、ばぁちゃんのとっておきを教えたげるからさ。耳をかっぽじってよく聞きんしゃい」
祖母は楽しい内緒話をするよう、声をひそめた。
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