縁結びごはん

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2. 「この店で、結婚相手が見つかるって本当ですか?」  目的の店を見つけたとき、仕込中の札が出ていることに気づかず、萌奈は店に駆け込んだ。その勢いに微塵も動揺することなく、カウンター内の店主は手を止め、顔を上げた。  短い髭に、彫の深い精悍(せいかん)な顔立ち。強面と称される(たぐい)の男性は萌奈の職場には居ないタイプだった。 「うちは定食屋です」  と、ぶっきらぼうに返事をされ、店主は手元に視線を戻す。 「でも、あの、この写真は……」  萌奈が示した壁には、この店に訪れた有名人のサインや写真―――ではなく、一般人である男女ペアの笑顔が所狭しと肩を寄せる。  私たち結婚しました、ご縁をこの店で頂きました、婚活難民だった僕を救ってくれてありがとうございますーーー、溢れんばかりの幸せをメッセージと一緒に表情で語る人々。萌奈はそれらを羨望の眼差しで見つめる。 「ここは昔からある相席食堂ですよね?」 「相席食堂ではありません」 「え、でも……」  祖母から聞いていた話と若干、差異がある。萌奈は首を傾げながら、カウンター席へ腰を下ろした。  祖母はこの店で祖父と知り合い、恋に落ちた。萌奈はその話を祖母から聞いたのだ。祖母が若かりし頃、一人旅でこの町へきたという。森ばかりだった地元とは異なり、潮風と緑にバランスよく囲まれたこの街を散策しているうちに、道に迷った。ガイドブックにはない古民家の料理店を見つけ、足を踏み入れた。たまたま入ったそこは、清潔感があり、丁寧に整えられていた。周辺を歩き疲れ、落ち着いた和風の店に安心したせいか、祖母は空腹を自覚した。メニュー表の一番上にある鯖の味噌煮が食べたくなり、注文した。しばらくして、常連の祖父が店に訪れ、キャリーケースを持った、いかにも観光客らしい祖母に声をかけた。  初めて見る顔ですね。あなたは何を頼まれましたか。  店の奥からはもう味噌の匂いが立ち昇っており、祖父はその香りに誘われるよう祖母と同じものを選んだ。  同じメニューに会話が弾み、二人の距離はすぐに近くなった。  別れ際に、同じものを選んだ縁で連絡先を交換すれば、という当時の店主の勧めで、連絡を取り合うようになったという。  かれこれ五十年以上、前の話だ。 「この店が祖母と祖父の縁を結んでくれたから、今の私が居るんです。……出来れば、私の縁も、結んで欲しいなって……」 「はぁ」  店主は手拭いとメニューを萌奈が座ったカウンター席に置いた。 「そろそろ常連客が来ると思いますけど……、こればっかりは運です」  接客業であるが、愛想のひとつもない店主は萌奈と同世代か少し上に見えた。一心不乱で仕込みに打ち込む姿は職人のようだ。 「……どうして結婚したいんですか?」  さほど興味がないトーンで訊く。 「祖母が……」 「結婚しろって?」 「それもあるんですけど……」  萌奈は少し躊躇い、壁に並んだ写真に目を向ける。 「ばぁちゃん、半年前に癌が見つかったんです。全身に転移していて、余命は1年といわれました。あと半年です。家族で話し合って、祖母に気落ちさせないために、秘密にすることにしました。頭がしっかりしてるから、検査の結果を気にしていたけど、なんとか誤魔化しました。……だから、その日が来るまでにはどうしても花嫁姿を見せてあげたくて」 「……そう」  店主は深く頷き、 「優しい孫だな」  と、薄く笑った。  瞬時に消えた笑みに、萌奈はこの店に足を踏み入れたときのような淡い期待を抱く。もう少し笑っていれば、もっと雰囲気が柔らかくなるだろうに。期待は好奇心になり、萌奈の心で波紋のように拡がった。 「ありがとうござ「いらっしゃいませ」  お礼は素っ気ない声に遮られた。  扉が開き、スーツの男性が爽やかに汗を拭いながら、店に入ってきた。ぐるりと店内を見回すと、カウンター席の萌奈の隣に腰を降ろした。 「……今日、暑いですね」  屈託なく笑い、短い茶髪をかきあげる。 「本日のメニューです」  店主に出されたメニューに萌奈も一緒に目をやる。 「僕は豚の生姜焼き定食を」 「私は塩肉じゃが御膳を」  食事を選び、手を拭いながら待っているとスーツの男性が口を開いた。 「ここ、初めてですか?」  気さくに笑顔を向けられ、萌奈は頷く。 「ここの肉料理は絶品ですよ。この店、地域のローカル雑誌に載るのも珍しいので……、なにで知ったんですか?」  萌奈は彼の背に広がった写真に目を移す。振り返ったスーツの男性は壁を見て、あぁ、と思い至ったように首を振った。 「……相席食堂だと思って、出会いを求めてきた、とか?」 「えっと、恥ずかしながら、そんな感じです」
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