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駅で待ち合わせた健は、背が高くてがっしりした体型のため見つけやすい。
学生時代はかなりやんちゃだったのにな……。スーツを着て社会人になるとこんなにも変わるんだ。
「健、お待たせ」
愛奈が近付くと、健は顔を上げて笑った。こういうところも小さい頃から変わらない。
「じゃあ行くか」
早足の私と長身の大和が一緒に歩くと、何故か同じ速度になる。合わせてくれてるのか、それが自然なのかはわからないけど。
到着したのは"オードリー"という名のダイニングバーだった。外観はイギリスの古いパブのようだが、ネイビーのドアを開けて中に入ると、壁一面レンガ造りになっている、アンティークな雰囲気が漂う素敵なお店だった。
健は予約していたようで、一番奥の半個室の席に案内される。
「ここ、季節のカクテルが美味しいんだって。美琴が一度来たみたいでさ」
美琴は健の妹で、女同士仲良くしていた。
「美琴ちゃんが? そうなんだ。それなら信用出来るね」
「どういう意味だよ」
「健って居酒屋が多いから、どのお店に入っても絶対に美味しいって言うでしょ?」
「まぁ……俺は腹が満たされればいいからな」
「ほら、やっぱり」
オーダーをしてから、愛奈はため息をついて下を向いた。健の前だとつい弱い自分も曝け出してしまう。
私の話をちゃんと聞いてくれるし、受けてめてくれる安心感があった。
「……なんか今ね、気持ちが宙ぶらりんなんだよねぇ。康弘に今日の約束を断られてから、なんかやる気がなくなってきちゃった」
「……例えば?」
「そうだなぁ……。彼に連絡をするのとか、休みの日の予定を入れずに連絡を待ってたのに来なかったり。今日の代わりに週末に会おうって言われるのかなって思ってたのに、何もないしね」
カクテルが運ばれると、二人は何も言わずにグラスを合わせた。
「愛奈さ、今後彼氏とどうするつもりなの?」
「わかんない……私がどうこうじゃなくて、あっちは別れるつもりなんじゃない?」
「愛奈は? まだあいつが好き?」
「何よ……今日はいつも以上にグイグイ来るじゃない。私の傷をえぐるつもり?」
健は黙って愛奈を見つめている。わかってる。健はそんなことしない。
「私を愛してない人に、すがりついたって意味がないのはわかってる。私はたぶん……康弘にというより、三十までに結婚出来そうな相手として離したくなかったんだと思う」
「あぁ。そういえば三十までにってずっと言ってたよなぁ。愛奈って何才だっけ? 俺より三つ上だから……」
「二十八よ。文句ある?」
愛奈は健の頭に右手でチョップをお見舞いする。
「いいなぁ。健はまた二十五だもんね。時間はたっぷりあるよ」
「時間って言うけど、それはお前が勝手に決めた時間じゃん。焦って選択肢を間違えたら、それこそ時間の無駄にならない?」
「うん、まぁ……」
健って時々私より年上なんじゃないかと思う時がある。小さい頃はいたずら小僧で、中学高校ははちゃめちゃで、大学は頼りになる男になっていた。
「今まで愛奈が結婚したいっていう話を聞いてきたけどさ、そもそも愛奈にとって結婚ってどういうもの? しなくちゃいけないものなの?」
「それは……」
そういう聞き方をされるとは思っていなかった。ただ漠然と好きな人と一緒になることとしか考えていなかった。
「じゃあさ、理想の夫婦像とかあるわけ?」
「そうだな……なんでも言い合えて、弱いところも見せられて、補いあえて……。肩肘張らずに、一緒にいて楽しいって思えることかな……」
「ふーん」
「あとね、子供が産まれたら、子どもといっぱい遊んでくれる人。笑いが絶えない家庭が理想だな」
「……愛奈さ、それって俺が一番理想に近いって思わない?」
愛奈が驚いて健を見ると、健は不敵な笑みを浮かべて愛奈を見ていた。
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