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否定しようとしたのに言葉が出てこない。
その時一組のカップルが入店してきた。カウンター席に案内され座った男性の声を聞いて愛奈ははっとする。
健を見ると、無表情のまま愛奈を見ていた。
「素敵なお店だね! 康弘さんのお誕生日なのに、私が連れてきてもらっちゃっていいの?」
「もちろん。付き合って最初の誕生日だしさ、素敵なところで過ごしたいなって思って」
愛奈は顔を見られないように下を向いた。今確実に"康弘"って名前を呼んだ。付き合ってるとも言ってた。
じゃあ私との関係はどうなったの? 二股? それとも彼の中では終わったこと?
覚悟してたし、やっぱりという肯定感しかなかった。
愛奈は視線だけ上げて健を見る。確か健の知り合いの先輩が康弘だと聞いたことがある。
「……康弘がここに来ることを知ってて誘ったの?」
すると健が愛奈の手を握ったかと思うと、ゆっくり指を絡めてくる。
「なぁ、あいつら、今何してる? 手は握った? それともキスした?」
「健……!」
テーブル越しに身を乗り出した健にキスをされる。優しいキス。愛奈の唇を何度も吸い、ゆっくり舌で唇の上をなぞる。
半個室の壁のおかげで、きっとまわりにはキスしているなんてバレていないはず。
「なんで抵抗しないの?」
少し不安そうな顔で健が聞く。
「……わかんない」
だって嫌じゃなかったから……愛奈は心の中で呟く。
健は椅子に座り直し、愛奈の頬に手を添える。
「もしさ、今あいつが謝ってきて、お前にやり直したいと言ったとする」
健が話し始める。愛奈にはその瞳が悲しそうな理由がわからなかった。
「俺が……お前に好きだ、結婚したいって言ったら……愛奈はどっちを選ぶ?」
愛奈は目を見開く。
「健……私のこと好きなの?」
健は顔を真っ赤にして顔を逸らした。あっ、この感じ、子供の頃にも感じた。
「お前が鈍感なんだよ。大好きな愛奈姉ちゃんのために、クソガキなりにいろいろ頑張ってたんだぞ」
「そんなことあった?」
「愛奈が作ったカチカチのクッキーを完食したし、大事なキーホルダーをなくしたっていうから一緒に探しただろ。花火大会で浴衣着た時は足が痛いって言うからおんぶしたし、修学旅行では必ずお土産買ったし」
「……わかりにくい。優しい弟が慕ってくれてるくらいにしか感じないよ……」
あまりに居心地が良すぎて気が付かなかった。だけど健がくれていた温かさの正体を、ようやく知ることが出来た。
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