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愛奈は康弘の顔を見たくなかったので、健の影にさっと隠れた。そんな愛奈の手を、健は力強く握る。
「お久しぶりです。こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「そ、そうだな……」
康弘は明らかに挙動不審で、健と目を合わせようともしない。
「そちらの方は彼女さんですか?」
「あ、あぁ……」
「そうでしたか。くれぐれも……同じ間違いはしないようにしてくださいね」
健が低い声で睨むように言ったので、康弘は体を震わせ下を向いた。
「では俺たちはここで」
会計を済ませ、愛奈と健は外に出る。
愛奈は空を見上げて大きく伸びをした。
「どう? スッキリした?」
「別れたこと? 健の最後の一言?」
「両方」
「うん、両方ともスッキリした!」
愛奈は健が持っているカバンを受け取ろうとしたが、健はその手を握った。
「このカバン持つと手が繋げなくなるだろ?」
健はなんの躊躇もなく愛奈の指の間に入り込む。その時にふと昔のことを思い出す。
出かける時に、危ないからちゃんと手を繋ぐように親に言われていたため、なんとなくいつも健と手を繋いでいた。懐かしいな……。
「昔もこうやって手を繋いだよねぇ」
「そうそう。愛奈と繋ぎたがる奴が多くて、いつも俺がその役を奪いとってた」
「……そんなことしてたの?」
愛奈が呆れたように言うと、健は繋ぐ彼女の手に口づける。
「当たり前だろ。弟扱いされてるなら、それを最大限に活用しないともったいない」
愛奈は健が駅ではない方へ歩いていることに気がついた。
バーを出てからお店が立ち並ぶ道路に入っていったかと思うと、細い路地を曲がり進んでいく。
「健?」
健が立ち止まったのはライトアップされた教会の前だった。愛奈は教会の美しさに見惚れながら、違う意味で緊張した。
「俺、本気だから」
健は愛奈の手を取ると、彼女の顔をじっと見つめる。
「愛奈、ずっと好きだった。結婚しよう。俺が絶対に幸せにする。ちょっとはちゃめちゃかもしれないけど、楽しい家庭はお墨付きだ!」
今日はなんて日なの? 彼と別れたと思ったら、健からのプロポーズ。悲しいのか嬉しいのか、気持ちが追いつかない。
「交際期間なしで結婚?」
愛奈は笑う。
「小さい時から一緒なんだから、交際二十年くらいなもんだろ?」
「でもさっきキスしたばかりだし……」
愛奈が言うと、健は気まずそうに視線が泳ぐ。この反応、どういうこと? そしてはっとする。
「キスしたことあるの?」
「……実は寝てる愛奈に何回か……いや、何十回かしてる……」
「……信じられない……」
「まぁいいじゃん!」
そして健は愛奈の唇を塞ぐ。
「さっきからはぐらかしてばっか。ちゃんと返事しろよ。俺、良い旦那になると思うよ?」
「……後悔しない?」
「するわけないじゃん」
健っていつもこう。でも信じられるの。不思議だね。
「じゃあ……お願いします。旦那様……?」
健は愛奈を強く抱きしめる。昔から嗅いでいる匂いなのに、こんなに温かくてホッとする。
「もう離さないよ、俺の奥様」
その言葉が嬉しくてくすぐったい。
「愛奈、明日仕事だけど俺の部屋に来ない? 今夜幼馴染みの一線を越えたいんだけど」
「でも……いきなり?」
「二十年待った」
「それは健の事情でしょ? 今までだって彼女いたくせに……」
「それはヤキモチと受け取っていい?」
「いやいや、前向きすぎるでしょ……んっ……」
今日一日で何回キスするの……体の芯から溶けそうになる。もうダメだ……。
「健にときめきなんて想定外……」
「いいじゃない。絶対後悔させないよ」
本当に健は私を安心させる言葉ばかり。でもね、だから愛おしくて仕方がないの……。
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