三つの願い事

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 「妹が健康で幸福な人生を送ること。母が健康で幸福な人生を送ること。 親父がそこそこ幸せになること。この三つだ。」  一息で願いを述べる。取り出した手帳をゆっくりと閉じて、 再び内ポケットに仕舞うと、スズキが聞いてきた。  「ケンくん、申し訳ないが三つほど聞きたいことがある。 本来我々願いを叶えるために動いているものは 願い事の理由なんざ聞かないもんなんだが、ボクとしてはこれをこのまま 法っておくことはどうしても出来ない。聞いてもいいだろうか?」  スズキは相変わらずの笑顔だったが、目は注意深くオレを見ていた。  「まず一つ、率直な感想なんだが、こんな簡単に願い事を決めてしまって いいのかい?」  「決まってるならさっさと言った方がいいだろ。」  「それはボクが実際に願い事を叶えるってことを理解した上で?」  「正直半信半疑ではあるけど、叶うなら叶えたい願いってことは事実だ。」  「そうか。では二つ目。これは一つ目に繋がることなんだが、 ボクは確かに魂を奪うような安直なアクマではないと告げた。それは事実だよ。ただ、全くリスクがないと言った覚えもない。ねえケンくん、何かの対価にはそれに伴う代償がつきものってのはどの世界でも一般的なルールだと思わないかい?」  「でも魂じゃないんだろ?死ぬわけでもない。」  「そのとおりさ。」  「それなら問題ない。妹と母親がひどい目にあったり命が危なくなるなら問題だけど、そうじゃないなら構わない。それに子供の頃に 死にかけたことがあってね。拾った命だ、多少の無茶は平気だ。」  無意識に胸のあたりを触る。服の下の傷を意識する。  「友人や知り合いまで安全である保障はできないぜ?」  「ふん、思いつくオレの友人や知り合いは母親か妹とも知り合いだ。 その知人友人が危険な目に合えば、お人好しの母親や明るい妹の人生は 間違いなく幸福ではなくなるだろうからな。大丈夫だろう。」  「ほうほう、素晴らしい、キミはアクマと渡り合える知恵がある。」 嬉しそうにスズキは言った。  「では三つ目、最後の質問だ。父親のそこそこの幸せ。 正直これが一番聞きたかったことさ。」  スズキは手帳を再び取り出して聞く。  「ケンくん、我々願いを叶えるような仕事で動いているものは、 願いを叶える対象、今回ならケンくんのことを知ることが出来る。 キミの生い立ちや家族、友人のことなんかもね。」  「身辺調査する探偵みたいだな。」  「キミがまだ幼いころに両親は離婚、 いや、ある日突然父親がいなくなり蒸発。 数か月後に離婚届が郵送されてきた。 その後養育費の仕送りどころか連絡もなし。 そんな父親の幸せを願うというのが不可解だ。 いや、正直気に入らない。すまないが理由を聞きたいね。」  「答えないと願いは叶えられないのか?」  「もちろんそんなことはないよ。誰かを殺してほしいと言われれば殺す。 喫茶店でコーヒーを注文されてウエイターが一々理由を聞かないのと同じで 対価さえ払ってもらえれば理由なんてどうでもいい。」  「じゃあ、」  「ただね、ケンくん。」  スズキはケンの顔を覗き込んできた。  「店員にえらそうに金を払うんだから文句言うなと でかいツラをしてくる客がいたら軽く殴りたくなるだろ? それと同じさ。ボクはされて当然のような態度をされるのが 嫌いなのさ。」  「お前客商売で働いててイヤなことでもあったのか?」  「この国で、特に最近になってよく見る光景で気に入らないのさ。 たいした能力もないくせに自分は絶対安全だ、 自分は絶対敬われるべきだなんて態度を取ってるやつがいたら 殴りたくなるもんさ。」  「お前さっきのファミレスのこともそれがあったからか。」  「そうそう、ケンくん、悪魔が人間の魂を欲しがるのは どうしてだと思う?」  「悪魔にとっては人間の魂が価値があるからじゃないのか?」  「人間を悪魔にするためさ。」 笑顔でスズキは答えた。  「悪魔ってのは嫉妬深い生き物でね。自分たちより弱く短命な人間が 楽しそうにしているのが気に入らないのさ。それに寂しがり屋なところもあってね。人間を仲間に引きずり込むのは一石二鳥ってわけさ。」  「お前は古臭い悪魔みたいなことはしないんじゃないのか?」  「魂を奪う以外にも人間をアクマにする方法はあるよ。 さて再度質問なんだが、ケンくん。キミは、キミたち家族を捨てたも同然の 父親の幸せを、少しとはいえ願うのはなぜなんだい? 高い対価を支払ってまでそんな奴のことを願うのはなぜなんだい?」
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