駅の待ち合わせ

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 お互い、小学校も中学校も別で、別の高校に通っていて、いったいどこでどうやって出会ったのか全く記憶にないけれど、とにかくわたしたちは出会った。わたしはセーラー服で、聖香はブレザーだった。電車に乗っていた時か、それとも駅のホームか……とにかく線路っぽいところでばったり出会って、一目で、この人はわたしにとって特別な人だってわかった。  当時は、普通に男の子と恋愛することに興味もあったし、周りの友達と恋話をすることもあったから、聖香のことは、昔どこかで会ったことあるっけ? と、思っていた。偶然再開した、小さい頃の友達か何かだと思っていたのだ。だけど、考えているうちに、聖香が「特別」なのは、そういう意味じゃないことに気がついた。わたしは聖香のことが好きになっていた。 「あのっ……」  まだ名前も知らなかった頃に、駅で無理やり呼び止めて、思い切って告白したことがある。 「すっ、すき、好きです……あなたのこと……」 「え?」  聖香は目を丸くしていたが、すぐににっこり笑顔になった。 「わたしのこと? 好きなの?」 「あの……」 「いいよ」 「え?」 「いいよ。一緒に帰ろう」  家は反対方向の電車だけど、聖香とわたしは、同じ方向の電車に乗った。聖香は、思ったよりもずっとおしゃべりで、わたしはそのペースに乗せられっぱなしだった。そうして話しているうちに、やっぱりわたしはこの人のことが好きだって確信した。 「おーい」  それからは毎日駅で待ち合わせて、でも家は反対方向だから、ホームで電車を待つまでのほんの少しの間だけ話をするようになった。  どーでもいいことばかり。例えばお互いの学校のことや、進路のこと、ドラマや音楽のこと……わたしには流行のこととか分からないから、ほとんどずっと聴き役だったけど、聖香の話を聞いているだけですごく楽しかった。幸せだった。  聖香は、ブレザーの下にパーカーをいつも着ていて、髪もうっすら赤茶色に染めていた。整髪料の匂いが、聖香の匂いだった。向こうの学校は校則とか、そういうのが緩いらしかった。 「あなたも染めてみたりしたら?」 「いや、あの、校則違反だから……」 「もったいなーい。すごく綺麗なのに」 「えっ……」 「髪の毛真っ直ぐで、うらやましい。あたしはどんなに矯正しても、ほら、こんなふうに先の方がくるくるしてるの」  でも、その少しの癖毛がわたしは好きだった。 「ねえ、どうしてあたしのこと好きなの?」 「うえあええ」 「あたしなんて、別に普通だし、それに顔見知りってわけじゃなかったでしょ、あたしら」 「ご、ごめん……」 「いや、気になるだけ」  どうして、なんで、と聞かれても、わたしには分からなかった。ただ、一目で気が付いたとしか言いようがなかった。 「ふーん」  聖香は空を見上げた。 「運命の出会いってやつ? 赤い糸的な?」 「う、うん……」 「そうなんだ。運命ってあるんだね」  聖香はきゅっと、わたしの指を握った。思ったより華奢な細い指で、ほとんど力を感じないほどだった。わたしはどきどきしてしまって、手を振り解くこともできなかったけど、自分から握り返すこともしなかった。 「あ、あの、じゃあ、電車きたから……」 「うん、またねー」 「うん……またね」  いつも、わたしが先に電車に乗って、ホームに残る聖香を残して先に行く。電車なんて来なければいいのにと、この時は何度も思った。  だけどある時から、聖香は駅に現れなくなった。どれだけ待っても来ない。 「おーい、こっちこっち」  という、あの声はどこにもない。  わたしは寂しかったけど、聖香には聖香の用事や都合があるんだと思って我慢した。また会えた時にいっぱい話そうと思って……  そうこうしているうちに、わたしは卒業してしまい、大学への進学を機に地元を離れることになった。卒業の日も、地元を離れる日も、あの駅で電車に乗った、時間ギリギリまでホームで待っていたが、聖香は現れなかった。  急にわたしは、裏切られた気持ちになった。  聖香はわたしを見捨てたんだと思った。それからずっと聖香のことを逆恨みして、あんな人は大嫌いだと思い込むようにした。  今日、久しぶりに地元に帰ってきて、この駅のホームに立って、そんなことを思い出した。聖香はいったいどこに行ったんだろうと、今でも思ってしまう。  あんな奴のこと、嫌いなはずなのに。  携帯の番号も、連絡先も知らないから、ついに確かめる方法はわたしにはないけれど、それでも一度会えるなら会いたい。 「おーい」  駅のホームでベンチに座っていると、耳にその声が飛び込んできた。慌てて振り返ると、そこには、見覚えのあるセーラー服とブレザー姿の高校生がふたり、手を軽く挙げてお互いに待ち合わせをしていたところのようだった。  急に心が冷めていく感じがした。  あんなふうに、わたしを呼んでくれる人は、今はもういない。二度と、現れてほしくもない。  ひとつ席を開けて、誰かがベンチに座る。  わたしはひとりがいい。運命なんて、二度と信じない。あの思い出はただ、美しいままで保存しておきたい。今は心から憎くても、あの時は大好きだった聖香のことを忘れたくない。
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