大園健一 1

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大園健一 1

 会社の通用口の傍らに一台のトラックが止まった。車内から屈強な身体をした作業員風の男性が二人、降りてきた。  作業員のうちの一人が通用口のセンサーに指紋をあてる。  センサーは素早く反応し、無音で扉が開く。もう一人の作業員はトラックの荷台から二十平方メートルはあろうかと思われる布地を被ったカンバスを細心の注意を払いながら、降ろす。  時刻は深夜二時になる。春先の風が心地よい。時々、強く吹き付ける風に作業員も顔をしかめる。風の煽りを受け、倒れるものなら、そして傷つけてしまったら、彼らが一生かかって働いても弁償できない額になる。  保険には加入しているが、不可抗力での損傷と彼らの注意怠慢での損傷とでは補償される額が違う。仮に荷降ろし中に風に煽られ、傷つけた場合、前者になるのか後者になるのかはわからない。ただ、そんなことを考える前にカンバスを所定の場所へ運びたかった。  深夜のオフィスビルはまるで墓地のように静まり返っていた。二人の作業員は荷台に乗せたカンバスを両脇からしっかりと支えた。  大園社長の指示で美術関連の品は深夜に運び入れることになっている。月に一度程度、社長は美術品を購入する。美術品は税金対策にもなるし、裏金を洗浄するために購入する社長は多いと聞く。金持ちの考えることは、彼らには到底、理解し得ない。  だからといって、美術品をぞんざいに扱うわけにはいかない。我々は運搬のプロだという自覚だけは忘れてはならない。  裏口専用のエレベーターに乗せ、十階の秘密の部屋へと運び込まれる。作業員である菊池武臣は秘密の部屋に品物を搬入することが好きだった。菊池は運送会社の二代目社長で、創業者の父親は愛人を囲うための秘密の部屋を持っていた。従業員はもちろん、家族にさえも、その部屋の存在はひた隠しにされていた。
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