大園健一 1

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 その部屋の存在を知ったのは見知らぬ老人からの伝聞だった。中学生だった菊池はある日、老紳士から父親が若い女性を会社内に連れ込んでいると教えられた。  英雄色を好むとは聞くが、一軒のプレハブの事務所から二部上場する会社にできたのは、母親に依るところが大きい。その恩を仇で返す父親に菊池は敵愾心を煽られた。  菊池はその愛人を囲っている部屋を見つけることができなかった。だが、つい先日、それらしき部屋を発見した。  私は葉巻に火をつけて、思いきり吸った。途中で我慢できずにむせた。やはり、葉巻は私には合わないようだ。  通用口のエレベーターが稼働する音が聞こえる。菊池くんは私の専属の運搬人だ。彼はとても信頼が置ける。だから、高価な美術品を彼に任せることに異存はなかった。私は菊池くんの父親とは懇意にしているゴルフ仲間であった。  菊池富蔵の会社が業績悪化で傾きかけ、資金繰りに奔走しているときに私が救いの手を差し伸べた。私の会社が菊池富蔵の会社の株を買い、その傘下にすることで負債の肩代わりもした。いい意味でホワイトナイトになったが、実質は乗っ取りだ。  菊池富蔵の会社は私の会社の傘下に入ることで息を吹き返した。彼は持つべきものは友達だと言ってとても喜び、感謝した。実質、彼はもうワンマン社長ではなくなった。正式に言えば、彼は私の部下になったわけだ。彼とその家族を生かすも殺すも、私の匙加減で決まる。  そして、彼が病死した後も、二代目社長である菊池くんを意のままに操っているわけだ。金銭は即権力に結び付く。私は実家が貧しく、高校も第一志望の私立高校を諦め、公立高校に鞍替えした。そして、大学進学は諦めた。その代わり、ありとあらゆるアルバイトを体験した。事務職系からガテン系まで。そんなアルバイトの中でも犯罪すれすれの仕事もあった。詐欺の片棒を担ぐ仕事は、どんなアルバイトよりも刺激的だった。それに、人は案外、簡単に騙されることも知れた。  私は金持ちから金を巻き上げる仕事に精を出していくうちに、そのノウハウを生かすべく、現在の会社を立ち上げた。阿漕な仕事でも、騙されて金を預ける方が悪いのだ。騙す方ばかりが責められる謂われはない。それに、どんな商売だって多少の騙しは必要だ。仕入れを安く、売りを高くして客に提供することは商売の鉄則だ。
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