結晶カズラとキトワンナ

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「だってキトちゃん、すごく物知りじゃない?」  ぱちぱちと爆ぜる、焚火を囲んで不思議なにおいのお茶を飲みながら、ふわっと笑うオズワ相手に私は首をかしげてみせる。 「……そうかな。そう、かなー……? 普通じゃないの?」 「普通じゃないよ。今時ねードラゴンの事知ってる子なんか貴重だよ。寝物語にでてくる怪物くらいのイメージでしょ、普通は。絶滅なんて言葉急に出てこないもんだよ。きみはまず起きて自分の身体の無事を確認したし、差し出す薬も食事もまず材料をきいたね。ああ、物を知ってる子なんだなーって思ったのよ。あ、ごめん、いまのちょっと偉そうだった?」 「いや……あんまり、褒められないからちょっと、どういう顔していいのかよくわかんないだけ」 「もっと褒めていいんだよってドヤっとけばいいでしょー。貰えるもんは貰っといたほうがいいよー人生なんか得したもん勝ちだからねぇ」  わはは、と笑ったオズワは、私がおなかいっぱいでもう食べれないと泣く泣く残した白身魚の包み焼きを頬張って、背中をドンと後ろに預けた。そこにあるのは椅子の背でもなく壁でもなく岩でもなく、黒く光るドラゴンの身体だ。  絵本の中よりもきれいなドラゴンは、静かに身体を丸めて座っている。オズワが身体を預けると、少し煩わしそうにする。けれどすぐに諦めたように息を吐いて好きなようにさせているみたいだった。  木を削った食器から、柑橘系の匂いが香る。水の木モドキの実が熟した後は毒が抜ける、と言う事を初めて知った。いつも一人で本を読んでいるのに、いろんなことを知っているつもりだったのに、オズワと居ると知らないことばかりでびっくりするし、すこし悔しい。 「物を知っている子なのに、その軽装だ。触れただけで助からないって有名な結晶カズラの群生地に突っ込む格好じゃない。どう考えても自殺行為だし、実際自殺だったんじゃないのかなぁって担ぎながら思ったんだよね。まあそんきゃもう助けちゃってたんだけど、うはは」 「……別に、本当に死のうと思ってた、わけじゃないんだよ。谷向こうの街に、取材に行くつもりだったんだよ。学校のね、新聞を作る授業で。遠回りのルートはこの前の土砂崩れで寸断されてたから、谷を越えようと思って。そしたら、足をすべらせて……」 「うん? うん。そうかもね。でも、死んだら死んだで構わないなーくらいの気持ちだったんでしょ?」 「………………」 「若いのになんでなのーなんて言わないよ。若くたって老いてたって、人生なんて人それぞれだものねぇ」 「でも、なんか、ほんとに死ぬかもって思ったら、ぜんぶどうでもよくなっちゃった」 「……死にたい気持ちも、どうでもよくなった?」 「うん。私が死んでも別に何も変わらないんだろうなって思ったら、じゃあ生きてても一緒だなぁ死ぬの嫌だなぁって思ったから、ええと、助けてくれて、嬉しいよ。ありがとう、オズワ」 「…………どういたしまして、キトワンナ」 「キトワンナ、これはただの雑談だが今のオズワの顔は大変照れているときの顔だ、覚えておくといい」 「ガタガ、おまえは本当に余計なとこばっかり饒舌でよくないよ!」 「きみに言われたくはない」  思わず声にだして笑う。なんだか、久しぶりに笑ったような気がする。私のことが嫌いな同級生たちに囲まれる生活は、私から感情を奪っていった。  息をしている。ものを食べている。誰かと話して笑っている。生きている。そのことが、とても大事なことだと思える。一度死にかけたからそう思うのかもしれないし、目の前で笑っているオズワとガタガのせいかもしれない。 「しかし隣とはいえ、谷を越えた場所にまで取材に行くだなんて、キトちゃんはバイタリティの塊だねぇ。そんな小さな体でよくぞ、歩いていくつもりになったもんだ。ていうかそんな頑張って取材に行く予定だったネタってなんなの?」 「え。ええと……本当に無茶苦茶な噂があって、それが本当かどうか、誰かが調べに行くことになったから……」 「ははぁ、面倒ごとを押し付けられたってのはわかったぞ。で、その無茶苦茶な噂とは?」 「……オズワ、笑っちゃうかも」 「笑うもんかよ。いまきみの目の前には何がいる? この黒くてどでかい羽根のあるトカゲモドキを見たら、なんだって笑えないでしょう」  確かに。絶滅したドラゴンの前では、どんなバカみたいな噂だって、嘘だと笑えない。ちょっと前までは私だって、ドラゴンなんて空想上の害獣だと思っていたのだから。  おずおずと、言葉を探す。大人にはきっと笑われる。私だって馬鹿な話だと思っていたし、家を飛び出して谷に向かう口実でしかなかった。 「谷向こうの海の街に、死なない男の子がいるって言うの」  ぴたり、と風が止んだ。そう思った。  でも実際は風じゃなくて、オズワとガタガの呼吸が止まった音だった。ざわざわとしていた優しい空気が、一瞬で止まる。冷える。  びっくりして、何か悪い事を言ったのかと泣きそうになって、口を開いて息を吸ったタイミングで、オズワが『あー』と声を上げた。 「びっ、くりしたぁ。いやぁ、このタイミングでまさかの本命じゃんか。いやぁ、人助けするもんだね。ね、ほら、そうだろガタガ。俺のお陰だぞガタガ」 「まったくその通りで腹立たしいよオズワ。暫くはきみのそのドヤ顔になんの反論もできなさそうだ。キトワンナ、すまないがその噂は私たちにとってとても重要なものだ。きみの知っている範囲で構わない。どうか私たちに、『死なない人間』の話を教えてほしい」 「それは、その、いいけど。噂くらいしか知らないし、私もこういう話は他に、本で何度か見かけたくらいしか知らないんだけど」 「本で! 何度か! うはぁ、知らないうちに随分と世界は開放的になったもんだ! もうおとぎ話の領域だから無頓着になっちゃってんのかなぁそうかもなぁ。よーしキトちゃんお茶を淹れなおそう。そうしたらきみの知っている話を全部聞きたい。疲れるかもしれないけど許してね。そのあとは朝まで寝て、支度をして、夜になったら出発だ」 「しゅっぱ……え? ど、どこに」 「勿論俺たちはその噂の出どころに、きみは谷の上のご家族の元に、だ」 「……オズワとガタガは、死なない人間を、探してるの?」 「うーん惜しい。近い。でもまあ合ってるか。俺たちはね、キトちゃん。死なない人間を、殺しているんだ」  とても優しい顔で、とても柔らかい声で、オズワはさらりとその言葉を口にした。
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