結晶カズラとキトワンナ

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 結晶カズラを見ると思い出す女の子がいる。  赤い顔でどろどろになった足を抱えた彼女は、どう見ても完全に毒が回ってラリっていた。  あーやばいこれは死ぬ。たぶんもうすぐ死ぬ。いますぐどうにかしないと死ぬ。  そう思ったからどうにかした。いや、どうにかしない選択肢のほうが現実的だったんだけど、相棒からもそれを何度も提案されたんだけど、どうにも久しぶりに出会った人間というものに興味があって仕方なかったからだ。  正義感とか義務感とか、そういう感情から彼女を助けたわけじゃない。だから感謝されるたびになんというか、申し訳ないなー逃げ出したいなーみたいな気持ちになったことを覚えている。俺がそんな気持ちになっていることが分かって、命の恩人なんて大層な肩書をぐいぐい押し付けてくるガタガも悪い。あいつは人が……いや、ドラゴンが悪いのだ。 「いやー随分と遠くに来たねぇ。この辺の空気は乾いててやだなぁ湿ってんのも嫌だけど。つーかこんなとこにも結晶カズラは群生すんのね、やだたくましい」 「まったく見事なものだ。見事な群生地に毎度無防備にずかずかと入っていくきみもまったくどうかしているがね、たくましいというかいかれている」 「いいじゃないのーどうせ死なないんだし。寿命まだまだ残ってんでしょ?」 「しばらく死ぬ予定はないがね。それにしても気持ちのいい光景ではないよ」  本当に嫌そうに唸るものだから、うっかり笑いが出てしまう。人間ならば眉がぐうっと寄って、口がへの字になっているんだろう。生憎と俺の相棒はドラゴン顔をしているので、眉もなければ口は上下にしか開かない仕様だ。たまに器用に笑うけれど、基本は表情なんてものは乏しい。  表情なんかなくっても、まあまあ喜怒哀楽くらいはわかるのでどうでもいいけどな。もうずいぶんと長い付き合いの相棒だ。ざっと数えて……いや、ざっと数えるのも面倒で結局今どのくらい生きているのかよくわからない。  ただ、あの子に会ったのはそんな昔の事じゃない筈だ。順当にいけばまだおばあちゃんにはなっていない筈……たぶん。きっと。いや、わかんないけど。 「よーし、ちゃきちゃき収穫しようぜ相棒。ドラゴン由来の不死人間にはめっぽう効くからなぁ、結晶カズラの猛毒エキス。次のターゲットはこの群生地のすぐ向こうにいる、らしい!」 「相変わらずふんわりしていて心配になるよ。長らく生きた人間はどうにも適当になる傾向にあるが、きみは流石に適当すぎる。たまには新聞でも読んだらどうだ」 「えー。住所不定なのにどうやってそんなもん買うのよ。大体あんな検閲まみれの紙屑、大した情報載ってないでしょ」 「最近はそうでもないさ、自分の目で確認してみたまえ」 「え、なに、おまえ新聞なんか持ってんの? どっから盗んできたの? まさか正々堂々売店に小銭持って並んだの?」 「馬鹿を言え、きちんとゴミ山から丁寧に失敬してきたただのゴミだ。きみにとっては、宝物になるかもしれないゴミだがね」  なんだそれ。  もったいぶった言い方が若干癪に障ったが、いちいち言い争っていても口が疲れるだけだし、なんと俺はドヤ顔のこのドラゴンが嫌いじゃないのでおとなしく差し出された紙を広げる。  新聞なんてものを見るのは何年ぶりだろう。ざっと二十年くらいはまともに見ていないかもしれない。  旅の初期はそれでも情報元としてあてにしていた。けれど徐々に、同じ事を延々と繰り返し書いている事に気が付いた。結局強いのは国だ。どこの国も街も等しく検閲が厳しい。  安いインクは相変わらずで、何年たっても豊かにならんよねぇ、と苦笑させる。  一面の見出しは新しい燃料の発見の記事。ほーんと思って目を滑らせた俺は、右下の見出しに目を瞠った。  不死の人間、世界に点在す。その噂に迫る。  記事の分量は少ない。ざっと読んで、最後の署名を確認して、ちょっと空を仰いで、あー、と口から垂れ流した言葉にガタガがにやにやとした気配を察知して、腹立たしいけど仕方ない、と思った。  仕方ない。これは仕方ない。俺が泣いても仕方ない。 「……きみが泣いたのは最初に出会った日以来だな」 「うるっさいよ、たまには人間らしく感動すんのよ俺だって。っあー……手紙ってどっから送れるっけ? ていうかこの新聞社ってどこにあんの? 東? 南?」 「落ち着け人間。彼女の勤める新聞社は北の端だよ」 「チェック済みじゃんドラゴン野郎。ようし、じゃあ次の目的地はそこだなぁ」 「いいのか、オズワ」 「いいって何が」 「……知識欲の強い子だった。取捨選択ができる頭の良さもあったよ。彼女はきみが、あの街の主導者の弟だということも、知っているんじゃないか?」 「あー……まあ、そうか。うん。でもまあ、そうだとしても、別にいいんじゃないの。久しぶりってハイタッチくらいはしてくれるんじゃないの? って俺は期待してるよ」  俺が故郷の後始末をして回っているのは、俺がぼんくらでぐうたらだった代償だから仕方ない。過去を振り返って言い訳三昧するのは流石の俺でも格好悪いと思うから、指摘されたら素直にぶちまける覚悟くらいはあるって話だ。  新聞紙を丁寧に折って、汚れないように防水の方の鞄に仕舞う。最後にもう一度署名を確認して、ああ、そういやそんな名前だったなぁと、結晶カズラの中で蹲るあの子の顔を思い出した。  キトワンナ・ドローワイズ。名字は初めて知ったけど、間違いなくそれはあの子の名前に違いない。  俺が興味本位で助けたあの子。ちょっと人恋しくて助けたら、死ななくて良かったと感謝してくれた優しくて小さいあの子。  あの細い足で、可憐な腕で、今は新聞記者として駆け回っているのだろうか。ちょっと、想像がつかなくて楽しい。  人と出会うのは面倒なことだ。情が移ると疲れるし、そもそも俺達は他人とあまり秘密を共有したくない。それでもたまに、こんな風な奇跡があるから。 「……人間、嫌いになれないねぇ」 「同感だ」  笑うドラゴンと供に結晶カズラを思う存分踏みつけて、俺は高らかに笑った。  さてこれは、死なずの一人と一頭と、彼らを果てまで追いかけた一人の記者のお話だ。 終
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