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カミサマ殺しと紛い神
生まれたときから、人相は悪かった、……らしい。
らしい、というのは自覚なんてものがなかったからだ。
己の外見が他人にどう見られているかなんて気にしたこともなかったし、実際にそんなものを気にしている余裕なんてなかった。だからあたしが『どうやらあたしは随分と顔つきが凶悪らしい』と気が付いたのは、十代も後半になり、学校なんていう面倒くさい集団生活に放り込まれてからのことだった。
学び舎が金持ちの贅沢だった時代は通り過ぎていた。
いまや、国が率先して教育を叩きこむ時代だ。
あたしは孤児院の隅で本でも読んでいればそれでよかったのに、せっせと国民から集められた《教育基金》を押し付けられて、同世代の女子の中にぶん投げられた。そうして数学だとか、社会学だとか、裁縫だとか家事だとか、女が生きる上で国に貢献できそうなことを片っ端から叩き込まれたわけだ。
楽しかった思い出も、まあ、なくはないけれど。今は学生時代のどうでもいい小話は割愛する。とにかくあたしは見てくれが少しばかり女子っぽくないせいで、随分と陰でひそひそと噂されたものだ。
出身は地方の貧困街で、物乞いをして過ごしたとか。
男と偽って盗賊団で育てられたとか。
人を殺したことがあるだとか。
どっからもってきたんだその話、と笑ってしまうようなものばかりでもなかった。現にあたしが生まれた村はとんでもなく貧しいところで、子供の頃の記憶と言えば飢えと痛みと寒さがほとんどを占めていた。残念ながら盗賊団には一切の関りはない。けれど、何かを殺したことがあるか、と言われたら、あたしは『ある』と答えるはずだ。
あたしが殺したのは人ではない。獣でもない。アレに意志があったのか、今でもよくわからない。ただ、たぶんアレは、カミサマだったのだと思う。実際にそう呼ばれていたし、そういう風に言われてあたしたちは育てられたのだから。
エリッタ=ズゥ・リシリスの人生は基本的には退屈だ。当たり前のように不幸な幼少期、平凡で孤独な学生時代、そしてそれなりに忙しく仕事に追われる現在。ああ、あたしの名前は長いから、リズでいい。本名は好きじゃないし、あたしのことを呼ぶ人間はだいたいみんなリズと呼んでくれる。
リズの人相は悪い。まあまあ、悪い。自分で自覚できるくらいには目つきは悪いしそこらへんのチンピラにも負けない柄の悪さだとは思う。ただ、人は殺していない。カミサマは、殺したけれど。
カミサマといっても、お国が絶賛ごり推ししている羽根女神様じゃない。地方で粛々と信仰されている竜神信仰でもない。あたしの知るカミサマは、あたしの生まれた汚い村の端にひっそりと住んでいた。
ロウワァートララハァ。
これが、あたしの知るカミサマの名前であり、時折村に響く奇妙なカミサマの『鳴き声』だった。
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