第一章 開幕

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「いやいやいや……あんな目立つ集団に入ったらほんとに俺の高校生活終わる……俺はとにかく穏やかに過ごしたいのに……」 「まーたブツブツ言ってら」  教室の隅。佑馬の呆れた言葉に、今度は意識あるよ、なんて竜也がきりりとわざとらしく真剣な顔をして佑馬を見る。 「この会話、よく考えなくてもおかしいんだろうな……」 ヒロは天井を見上げて、うーん、と苦笑いを浮かべた。  でも得も、ある。 竜也はふむ、と顔を伏せて考える。そして生徒会とのやり取りを思い出していた。 「​────それはそうと、呪いの子っていうけど実際には不幸にしなくない?俺生きてる中でそんな経験無かったんだけど」 「そう、なんですか?」  はて、とシエは不思議そうに首を傾げた。だが順がお菓子を片付けながら、言葉を発す。 「それはたまたま、運が良かっただけだ。……呪いの子は、たしかに周りを不幸にする」 「そんなはっきり言わなくても……」  愛が眉を下げた。だが、と順は振り返って竜也を見た。 「会長にはそれを緩める力がある。事実、俺らも生徒会に入って共にいるようになってから格段に減った。だから会長はお前を誘ってるんだ。お前が、今を失わなくて済むように」 「今を失わないように、か」 「藤沢ー監督呼んでるー」  教室に入ってきた生徒はヒロにそう言うと、ヒロは、はーい! と返事をする。 「ちょっと行ってくるね」 そう言って走っていった。 佑馬は、はー、と関心したように声を漏らす。 「休み時間にまで大変だな」 「ねー。……そういえば佑馬……お母さん、どう?」  佑馬に向き直ると、竜也は口を開いた。 普段は明るく、どちらかというとおふざけキャラな佑馬だが家ではお兄ちゃん、そして同級生に対しても面倒見が良く人気者だ。そんな彼の家庭は少し複雑で、母親は不器用な人で育児が出来なかった。毎晩のようにどこかへと出かけ、佑馬に任せきりだ。そんな状況を佑馬はどうにかしたいと色々一人で考えているのだ。なにか、力になれたならいいんだけれど。  佑馬は、あー、と声を漏らしながら少し目を逸らした。 「家に帰ってくるのは増えたんだけど……やっぱまだかな。扱い方わかんなさすぎてめちゃくちゃ距離あるし、チビたちがそれにビビってる。努力は見えんだけどな」 「そっか……」 「ま、地道にでも進んでくれてっからいいけどなー」  佑馬はそう言って伸びをすると、その両手を下ろして今度は竜也に顔を向ける。お前はどうなんだよ、と真っ直ぐ見つめて。 「なんか悩み、あんだろ?見てりゃわかるよ」 「……いつか、話せたらなとは思ってる。けど…」 「今ではない、かー」 「……うん、ごめんね」 「んーや?ゆっくりな」 竜也は目を伏せる。 不幸に……か。今まで無かったとしても、これからも無いとは限らない。そりゃそうだ。油断していた。 これは、目立つけど生徒会に入った方がいいのかな? ​────アイツらとは関わらないで! どこからか聞こえた声に、竜也が振り返る。 「……?」 「え?」  佑馬が不思議そうに首を傾げた時。男子生徒が教室に入ってきた。そして緊迫した様子で、おい!と声を上げる。 「藤沢が!!」  その言葉に、竜也はゆっくりと目を見開いた。 ──幸せが、崩れる音がする。  考えるより先に体が動き、いつの間にか走っていた。 竜也!!と後ろから佑馬の声が聞こえる。 バラバラ。バラバラ。バラバラ。バラバラ。  人をかき分けて、階段を駆け下りる。そして人混みを見つけるとそこまで走った。 「ヒロ……ヒロは……!」 「!伊藤、藤沢が!」  下から呼びかけられて、階段の下に目をやる。 思わず息を飲んだ。倒れている木材の下。そこに、ヒロは居た。 「​──ヒロ!!」  駆け下り、そのヒロのそばにしゃがみこむ。返事がない。動かない。どうやら意識はないようだ。 息は?息はしてるの? 「ヒロ!しっかりして、ヒロ!」 「木材持ってたんだ……そこを、だっ誰かに押されて……!じゃあ藤沢に当たって、それで……!あああ…おれのせいだ……!」  近くにいた男子生徒が動揺していたが、今そちらに意識は向けられない。とにかく焦る気持ちを抑えられずにひたすらに呼びかけた。 「ヒロ!」 そして揺さぶろうと手を伸ばした時。 「動かさないで!!」  声が聞こえて思わず手が止まった。そこに駆け寄ってきたのは、シエだった。 冷静な表情でヒロに目を向ける。 「頭を打ってると思います。ほら、頭の下に血が。油断出来ないとはいえ息もまだしっかりとあるようです。救急車も先程呼んだので、もうすぐ来るでしょう」 その言葉に竜也はほっと胸をなでおろした。が。 「足……足は……」 顔を足元に向けた時。心臓を掴まれた気がした。  木材それぞれが重いのに数が多いせいだろう。そんな木材に押される形で挫いた足は……木材の下で、ぐちゃりと曲がってしまっていた。 ​──足が。 「竜也!ヒロ!」 駆けつけた佑馬の声に、竜也はゆっくりと振り返った。 「佑馬……ヒロが、ヒロの足が……」  涙を浮かべながら弱々しく零す竜也を見て、佑馬は一瞬眉を下げる。が、すぐに表情を切り替えて竜也に歩みよった。 「大丈夫、きっと大丈夫だ……」  竜也の頭を片手で抱き寄せ、頭を撫でる。そして、くそ、と悔しそうに顔を歪めた。 竜也は佑馬の肩に顔を埋めたまま、小さく零す。 「おれ、の……」 「それは違います。きっと、事故ですよ」  シエは竜也の肩に触れて、真剣な顔でじっと見つめた。今まで見てきたどんな表情とも違い、こんな状況にも関わらず冷静なものだった。 だが竜也は拳を強く握りしめる。 「そんな証拠、どこにも…そんな根拠、なんにもない」  そう聞いたシエは複雑そうに、悔しそうに唇を噛み締める。 バラバラ。バラバラ。バラバラ。バラバラ。  竜也の頭でしつこく響くその音はまるで、警告音だ。逃げられるはずないのだと、そんな甘くないのだと、俺を追い詰める。  これは、逃げた俺への罰なのか。 ごめん、とヒロの足に触れる。震えた手で、祈るように。 「……どうか、無事でありますように……」
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