41人が本棚に入れています
本棚に追加
/136ページ
「───!」
「──や……」
「─────竜也!!」
はっと我に返ると同時に後ろから腕を引かれ、目の前を車が通り過ぎる。目の前は赤信号と、激しく行き交う車。真夏だと言うのに、冷や汗が首筋を流れていった。危なかった。また……。
腕を引いた黒い髪の青年、佑馬はそんな様子を心配するように声をかける。
「大丈夫か、竜也。お前また……」
それに黙って頷くと、今度は赤い髪の青年、ヒロが心配そうに顔を覗き込んできた。その表情は、俺なんかより怖がっていた。
「竜也……何も無くてよかった」
まだ心臓がうるさい。落ち着けと言い聞かせて、二人の方へ向き直った。
「……ごめん、本当に」
「大丈夫だっつの。お前のせいじゃないんだし」
「でも心配だよ……やっぱり病院に……」
「……いや、それは……」
言葉を濁す竜也。病院には行きたくなかった。行けなかった。そんな彼を察してか、二人は困ったように顔を見合せた後、小さく頷く。それなら仕方ない、と二人は優しく微笑みかけてきた。
……本当に俺はこの二人に救われていると、何度もそう思ってきた。二人の存在が俺を支え、また引っ張っていってくれているのだ。彼らが居なかったら俺は……。それ程までに大切だ。何よりも。二人のためなら、なんだって出来る。
改めてそう思って、先を歩く二人に追いつこうと走った。
「おいおい、またかよ伊藤」
先を歩いていた別の男子生徒が笑いながらそう声をかけてくる。
「やっぱりそれ……生徒会の呪いじゃねえ?」
噂好きの彼らしい一言だった。それは毎度のように言われとっくに聞き飽きていたのだが。
「まぁたそんなこと言ってよー」
「お、面白がってたら怒られるよ……」
佑馬は呆れたようにため息を吐き、それに頷きながらヒロが怯えたように零した。
生徒会……それは俺らが通っている学校、「繚乱学院高等部」に在籍している生徒会のことだ。
彼らにはいくつか噂があった。
呪いの子だとか、教師を脅して二年もの間生徒会を続けているとか、人を食うとか。まあそんなふざけたものばかりだが。
どうしてこうも人間は噂が好きなのか。……いや、やはり一部の人間だけか。
「今まで小中、しかも今現在も人を不幸にしているとか!」
「おい、いい加減に……」
「面白い噂してるのね」
佑馬が思わずその男子の肩を掴んだ時。その二人の目の前に女子が現れた。赤茶の綺麗な髪を腰まで伸ばし、目を閉じたままの女生徒。彼女こそ、まさしく。
「せ、生徒会だ!」
先程まで噂ではしゃいでいたその男子は怯えた様子で後ずさる。女生徒は両手を腰の後ろへと回して無邪気に笑っている。
彼女の名前は山口 愛。生徒会副会長だ。
スタイルがよく女性らしいフォルムをしている彼女は、いつも穏やかな様子で微笑んでいていつも男子の目を引いている。生徒会ですらなかったら、きっとそれはそれはモテていたことだろう。彼女は興味も無さそうだが。
ちなみに目を閉じているのは目が見えないから、らしい。それにしてはよく動き今でさえ綺麗に二人の前に現れたのだが。
愛はまた穏やかに微笑むと、噂をしていた男子に顔を向けた。
「私達と同じね」
「はっ?何の話……」
「貴方だって、そうして私達を不幸にしているじゃない」
ふふ、と穏やかな声とは裏腹に、グサリと突き刺さるような言葉を吐き出した愛。それを真正面から受けてしまった男子は最早何も言えない。腰から崩れ落ち、ただ彼女に怯えていた。
「山口」
「……あら、有加崎君」
歩いてきたのは、同じく生徒会副会長の有加崎 順。奇抜なオレンジの髪に、目つきの悪いその目を隠すように眼鏡を掛けた姿のクールそうな男子生徒だ。彼は生徒会の中でも怖がられている。その見た目に加え、怪力でドアすら吹っ飛ばしたという噂もある。……真相は不明だが、事実壊れたドアは倉庫に存在する。
見られるだけで圧がある。冷静な竜也ですら背中に汗が流れるのを感じた。
順はちらりと竜也を見たあと、愛に歩み寄りその手をするりと握る。
「待ってろと言っただろう。勝手にどこかへ行くな」
どこか不安そうに吐かれたその言葉に、愛は少し黙ったあと。「ごめんなさい」と優しく微笑んで、その手を握り返した。
「じゃ、私達はこれで」
そう言って二人は歩いていく。二人が立ち去った途端、周囲で見ていた生徒たちから安堵のため息が聞こえた。それ程までに、生徒たちは生徒会という存在に怯えていた。
それをよそに佑馬は、へー、とその二人の背を見つめる。
「めっずらしい……時間通りじゃん」
「ま、何人がそうかは分からないけどな」
佑馬は竜也の言葉に笑う。
生徒会は遅刻魔だから、この時間に登校するのは珍しい。……いや、それが普通のはずなのだが。せめてしっかりしてくれ、生徒会。
呪いの子。
それはこの日本中で噂されている、人を不幸にする人間のことだ。関わると不幸にされるだとかなんとか。単なる噂だが、噂にしては広まりすぎているとこれまた話題なのだ。
そしてここ繚乱学院では、生徒会全員がそうではないかと噂が絶えない。ある時生徒会が居るクラスの生徒が事故に遭いやすくなったり、教師までもが怪我をしやすくなっただとか。
だがそれは単に不幸なだけだろう。ただでさえいつ何が起きてもおかしくは無いのに、後付けで噂のせいにしているのだ。
それでも確かに、小学校、中学校の頃にもそんな噂はあったらしい。
やめて欲しいな全く。嫌なことを思い出す。
かくいう俺は、そんな「呪いの子」なのだから。
最初のコメントを投稿しよう!