第一章 開幕

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「​───!」 「​──や……」 「​─────竜也!!」  はっと我に返ると同時に後ろから腕を引かれ、目の前を車が通り過ぎる。目の前は赤信号と、激しく行き交う車。真夏だと言うのに、冷や汗が首筋を流れていった。危なかった。また……。  腕を引いた黒い髪の青年、佑馬(ゆうま)はそんな様子を心配するように声をかける。 「大丈夫か、竜也(りゅうや)。お前また……」  それに黙って頷くと、今度は赤い髪の青年、ヒロが心配そうに顔を覗き込んできた。その表情は、俺なんかより怖がっていた。 「竜也……何も無くてよかった」  まだ心臓がうるさい。落ち着けと言い聞かせて、二人の方へ向き直った。 「……ごめん、本当に」 「大丈夫だっつの。お前のせいじゃないんだし」 「でも心配だよ……やっぱり病院に……」 「……いや、それは……」  言葉を濁す竜也。病院には行きたくなかった。行けなかった。そんな彼を察してか、二人は困ったように顔を見合せた後、小さく頷く。それなら仕方ない、と二人は優しく微笑みかけてきた。 ……本当に俺はこの二人に救われていると、何度もそう思ってきた。二人の存在が俺を支え、また引っ張っていってくれているのだ。彼らが居なかったら俺は……。それ程までに大切だ。何よりも。二人のためなら、なんだって出来る。 改めてそう思って、先を歩く二人に追いつこうと走った。 「おいおい、またかよ伊藤」  先を歩いていた別の男子生徒が笑いながらそう声をかけてくる。 「やっぱりそれ……生徒会の呪いじゃねえ?」  噂好きの彼らしい一言だった。それは毎度のように言われとっくに聞き飽きていたのだが。 「まぁたそんなこと言ってよー」 「お、面白がってたら怒られるよ……」  佑馬は呆れたようにため息を吐き、それに頷きながらヒロが怯えたように零した。 生徒会……それは俺らが通っている学校、「繚乱学院(りょうらんがくいん)高等部」に在籍している生徒会のことだ。 彼らにはいくつか噂があった。  呪いの子だとか、教師を脅して二年もの間生徒会を続けているとか、人を食うとか。まあそんなふざけたものばかりだが。 どうしてこうも人間は噂が好きなのか。……いや、やはり一部の人間だけか。 「今まで小中、しかも今現在も人を不幸にしているとか!」 「おい、いい加減に……」 「面白い噂してるのね」  佑馬が思わずその男子の肩を掴んだ時。その二人の目の前に女子が現れた。赤茶の綺麗な髪を腰まで伸ばし、目を閉じたままの女生徒。彼女こそ、まさしく。 「せ、生徒会だ!」  先程まで噂ではしゃいでいたその男子は怯えた様子で後ずさる。女生徒は両手を腰の後ろへと回して無邪気に笑っている。 彼女の名前は山口 愛(やまぐち あい)。生徒会副会長だ。  スタイルがよく女性らしいフォルムをしている彼女は、いつも穏やかな様子で微笑んでいていつも男子の目を引いている。生徒会ですらなかったら、きっとそれはそれはモテていたことだろう。彼女は興味も無さそうだが。 ちなみに目を閉じているのは目が見えないから、らしい。それにしてはよく動き今でさえ綺麗に二人の前に現れたのだが。  愛はまた穏やかに微笑むと、噂をしていた男子に顔を向けた。 「私達と同じね」 「はっ?何の話……」 「貴方だって、そうして私達を不幸にしているじゃない」  ふふ、と穏やかな声とは裏腹に、グサリと突き刺さるような言葉を吐き出した愛。それを真正面から受けてしまった男子は最早何も言えない。腰から崩れ落ち、ただ彼女に怯えていた。 「山口」 「……あら、有加崎(ありかざき)君」  歩いてきたのは、同じく生徒会副会長の有加崎 順(ありかざき じゅん)。奇抜なオレンジの髪に、目つきの悪いその目を隠すように眼鏡を掛けた姿のクールそうな男子生徒だ。彼は生徒会の中でも怖がられている。その見た目に加え、怪力でドアすら吹っ飛ばしたという噂もある。……真相は不明だが、事実壊れたドアは倉庫に存在する。  見られるだけで圧がある。冷静な竜也ですら背中に汗が流れるのを感じた。 順はちらりと竜也を見たあと、愛に歩み寄りその手をするりと握る。 「待ってろと言っただろう。勝手にどこかへ行くな」  どこか不安そうに吐かれたその言葉に、愛は少し黙ったあと。「ごめんなさい」と優しく微笑んで、その手を握り返した。 「じゃ、私達はこれで」  そう言って二人は歩いていく。二人が立ち去った途端、周囲で見ていた生徒たちから安堵のため息が聞こえた。それ程までに、生徒たちは生徒会という存在に怯えていた。 それをよそに佑馬は、へー、とその二人の背を見つめる。 「めっずらしい……時間通りじゃん」 「ま、何人がそうかは分からないけどな」 佑馬は竜也の言葉に笑う。 生徒会は遅刻魔だから、この時間に登校するのは珍しい。……いや、それが普通のはずなのだが。せめてしっかりしてくれ、生徒会。 呪いの子。  それはこの日本中で噂されている、人を不幸にする人間のことだ。関わると不幸にされるだとかなんとか。単なる噂だが、噂にしては広まりすぎているとこれまた話題なのだ。  そしてここ繚乱学院では、生徒会全員がそうではないかと噂が絶えない。ある時生徒会が居るクラスの生徒が事故に遭いやすくなったり、教師までもが怪我をしやすくなっただとか。  だがそれは単に不幸なだけだろう。ただでさえいつ何が起きてもおかしくは無いのに、後付けで噂のせいにしているのだ。 それでも確かに、小学校、中学校の頃にもそんな噂はあったらしい。  やめて欲しいな全く。嫌なことを思い出す。 かくいう俺は、そんな「呪いの子」なのだから。
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