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暑い日差し。今日は少しマシだ。それに加えて爽やかな風が吹いていて、夏にしては涼しい。
それを屋上で感じながら、あむ、と竜也はおにぎりにかぶりつく。そしてもぐもぐと味わうようによく噛みながら、やっぱツナマヨ最高、ともごもごと呟いた。
その様子にヒロが見守るように微笑む。
「ほんと好きだね、ツナマヨ。いつも食べてる」
「ずっと食べてられるよ」
「事実食べてるもんね」
あはは、と若干苦笑いでそう言うと、自身もサンドイッチを頬張る。ちなみに具はカツだ。最近ヒロの中で密かにブームだった。
お待たせ、と佑馬が歩いてくる。だがその足取りはどこか重く、表情も暗いように感じた。
「なんの電話?ていうかどうしたの?」
「実は……さ」
ヒロの言葉に佑馬が俯く。
竜也は目を見張りその体を強ばらせる。まさか、まさかとうとう不幸にしてしまったのか? 佑馬には三人の兄妹が居た。三人ともまだ幼く、母親の代わりに佑馬が大切に育ててきたのだ。……まさか。そんな。
バクバクと心臓がうるさかった。
佑馬は意を決したように拳を握りしめ、そして。
その二つの拳を天高く掲げた。
「オーディション、受かりましたああーーっ!!」
声高らかに発表された、思わぬ言葉。竜也とヒロは呆気に取られたようにぽかんと口を開けたままその佑馬を見上げていた。
だがすぐに、二人の表情は一気にぱっと明るくなった。
「ぇぇえええ!?」
そして誰からともなく三人で抱き合う。言うまでもなく、ツナマヨとカツサンドは残念そうに地面に転がっていた。
「おめでとう!おめでとう佑馬!」
「ひとまず進んだね!しかもあの有名なオーディションで受かるなんて……!」
やっと、やっとだね、とヒロは若干涙目で佑馬を祝福する。佑馬はそれにつられてひっそりと目に涙を溜めて、大きくため息を吐いた。
「お前らのおかげだ、ほんとに……カラオケ連れて行ってくれた上に練習に何度も付き合ってくれるし、代わりにチビたちの面倒も何度も見てくれたし……」
「そんなの俺らは全然」
「そうだよ佑馬」
竜也とヒロは首を横に振る。そしてヒロは目を細めて佑馬を改めて見つめた。
「やっと、歌手への道を進めたね」
「ああ」
佑馬はこくりと強く頷く。そして一気に嬉しさが溢れたように再び二人を強く抱き締めた。
「結構大きな一歩だよな!これ!?」
「あはは、そうだね」
竜也がつられたように笑みを零しながら、そんな佑馬の頭を撫でる。
「いいこと続きじゃん!俺もオーディション受かるし、ヒロはこの前大会の代表に選抜されたし!」
「たしかにそうかも」
「えへへ、改めて言われるとなんだか恥ずかしいね」
「これは竜也にもいい事が起きるな!」
「えぇぇ……でも俺目指してるものもないし……」
うーん、と悩む竜也に佑馬は、欲無さすぎ!と苦笑いを零した。
「出会って二年だけど、ほんと夢とか目標とか無いのなー。なんだか心配になっちゃうぜ」
「欲が無いだけだよ」
「でもきっと、竜也の願いも叶うよ。竜也は何を願う?」
ヒロの言葉に、竜也は改めて考えてみることにした。
しかし、なりたいものも何も無い……。あ、強いて言えば。
「平凡な毎日を送る……」
「他は?それはまあわかるけど、なんか違う」
首を横に振る佑馬に困ったように眉を下げて、竜也はまた考えてみた。
今で十分楽しい。幸せだ。それはこの二人のおかげ。そうなると……。
「俺は二人が居たら、それで……」
そこまで言ってはっと、声に出してしまっていた事に気が付いた。しかし時すでに遅く、佑馬とヒロは嬉しそうににまにま、と笑っている。
その二人を見て竜也は一気に恥ずかしくなり、ぼっと顔を赤らめた。
「やっぱなんでもない!」
「そーか、そーかぁ」
「俺らもだよ、竜也」
嬉しそうな二人と違い、竜也は一瞬で暑くなった体を冷ますように服をパタパタと動かしていた。
「あーーっ、恥っず」
────幸せそうだね。
竜也は目を見張って、意識が水に沈んでいくのを感じた。
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