来世なんてなかった

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 ——もう、来世に期待しよう。  そう思う中で、終わった人生だったのに。 「やれやれ、思ったより早かったですね」 「どうだった、人間の生活は」  気がつけば、体格も良く身分のありそうな奴らに出迎えられ、見下ろされていた。  なんだこいつら。 「貴方がいなかった間の仕事、たまってますよー。  とはいえ、あっさり戻ってきて下さったので、それほどでもありませんが」  楽しげに話すのは、白い肌に白い服、それにまっすぐな白髪を肩より上で切りそろえた青年。柔らかな笑顔がなんとなく胡散臭くなる、銀縁の丸眼鏡。 「戦争も飢餓もなくて、医療が発達してて、娯楽の多い国を選んだんだろう?  イージーすぎてやる気なくしたか?」  こっちの奴は褐色の肌に黒い服。薄い布地の下に、鍛えられた筋肉。長くて黒い癖っ毛。人懐こい笑顔。  最初は訳がわからずにいたが、やがて記憶が蘇ってくる。  ……そうだ。俺は自由を求めて、地上に降りたはずだった。  上機嫌で俺を見下ろしているのは、俺の側近——魔界の僕たち。  要職にある父の跡を立派に継げるようにと仕事漬けにされて、いい加減ブチ切れて無理矢理むしり取った休暇だった。  地上に降りて、見聞を広める——という名目で、うまくすれば100年はトンズラしていられるはずだった。 「あ、学生時代に貴方を虐めていた男なら今もマークしてますから安心して下さいね。簡単には死なせませんよ。まずは大成功させて出世させて調子づかせて、顔と名前が全国に広まってどこにも逃げ場がなくなってから一気に叩き潰しますからね。乞うご期待」  白い方がにこにこと人差し指を立てて笑う。生まれたばかりの猫のような、ブルーグレーの瞳。  怒らせてはいけない、粘着質な性格。 「何が一番おもしろかった? なあなあ」  一方、こいつは実に無邪気だ。  ニヤリと笑う口元に白い牙。金色に輝く瞳の中の虹彩は、今は縦に細められている。特に考えずにものを言うタイプ。  ……ああ。こいつら、過干渉で過保護で、なんでもかんでもあれこれ口を出してくるから。  一人で立派にやれるところを、俺の生き様で見せつけてやる! と思っていたのに。  俺の姿がじわじわと変わってゆく。骨の太さが、筋肉の厚みが。  きっと鏡を見れば、髪は深紅に、瞳は紫に戻っている事だろう。  ——ようやくできた彼女に半年でフラれたとか、パワハラ上司に耐えかねたとか、実家に居場所がないとか、ネットでネガティブな情報に浸かりすぎたとか。  そんなもん、どうでもよかった。だっていつかは終わるものだった。なら、もっと足掻けばよかった。好きにしてみればよかった。  俺はこれから何千年もの間、再び魔界で暮らすのだ。俺と同等か、もしくはそれ以上に長命なやつらの中で。  ……人間たちよ。足掻ける内に足掻くがいい。  真実の牢獄は、お前達が見渡す世界の外にある。 「何カッコつけてんですか、貴方がいない間はこっちものんびりできると思ったのに」 「オレはちゃんと休んでたぞ! せっかくの機会を棒に振るなどもったいないからな!」  来世だの転生だの、そんな夢を見ていられた頃が既に恋しい。こいつらうるさい。 「ところで貴方がいない間に、婚約者殿が決定しましたよ?」  しゃがんでいじけ始めていた俺の背中に、さくっと衝撃の一言が刺さった。 「貴方が地上に降りた途端、旦那さまがこれ幸いとお話を進められて。  ほら、以前名前が挙がっていた姫君ですが」 「家同士でサクサク話がまとまって『今いないもんはしょーがないから、本人には帰ってきたら説明してやれ』ってよ!」 「な————!?」 「あちらもなかなか骨のある方で、貴方がしばらく地上にいると知ると『では会いに行く』と仰って。  今ごろ、人間の少女としてお育ちになりながら、貴方をお探しのハズです」 「んだと!?」 「どうする主? 今ならまだ、体に戻れる」  黒い方が俺を見つめる。試すような眼差しで。 「床で寝てる肉体にちょっと魔力を注いで、心臓を動かしてやればいいだけだ」 「基本が睡眠不足と栄養失調とカフェインの過剰摂取ですしね。なんなら救急車の手配くらいは致しますよ」  咄嗟に俺は叫んでいた。 「やれ!!」  それきり、意識は途切れてしまった。  直前に一瞬だけ、二人の満面の笑みが見えた。  心得た、という風の。  こいつらほんっとタチ悪ぃ。  絶対ニヤニヤしながら俺の人生見守るつもりだ。多分酒とか飲みながら。  しかし今ここでしくじったら、後々何百年尾を引くことになるかわからない。  色恋沙汰はどれほど仕事を頑張ったところでカバーできない。  なんとしても相手を迎えに行かなくては、未来の夫として立つ瀬がない……というかまたフラれるかも。いやフラれなくても信頼失墜したまま仮面夫婦とか。そっちのが怖い。  ああ、戻ったらまず職場に辞表を叩きつけて、生活改善して、それからそれから……  とにかく、全力で足掻かなくては。今度こそ。  俺にはもう、来世なんてものはないのだ。  
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