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「竜様お久しぶりでございます。
今年もお連れしました。」
「おぅ、お前か。
待っておったぞ。
今年の貢物もさぞかし美しい娘なんだろうな。」
「それはもう村でとびっきりの美人でございます。」
「ほう、楽しみだ。
なら、ではなぜ去年にその娘を連れてこなかった?」
竜の青く光った鋭い瞳が彼を睨みつけた。
「それは…その…去年の娘の方が僅かに美人で…」
「ほほぉ…ではお前の村は毎年貢物の格を落としているということか?」
「いえいえ、滅相もございません!
今年の娘はこの一年で一気に美しく成長したのです、はい。
やはりこの歳の女性の一年というのは濃く、おそらく成人男性の五年に相当すると言えるのではないでしょうか?
そうです。
それくらいこの娘の成長は著しいのです。
なぁ?そうだよな?」
「あ、はい…」
その娘の声は蚊も殺せぬほどか細く、竜に聞こえてるのかも怪しいほどであった。
「まぁよい。では早速その娘の頭に被せておる布をとれ。」
「ははっ。」
金吾は娘に被せてある布を剥ぎ取った。
娘の姿があらわになる。
竜は娘の全身を舐め回すように見る。
「男でないか。」
「へっ?」
「その娘の格好をしたものは男でないか、と言っておる。」
「そんなはずは…この娘は村一番の美人でございます。
この通り、顔を見てください。
男のはずが…」
「ではそやつの足袋を脱がせて親指を見せてみぃ!」
「足の親指ですか?」
「どうした?見せれぬというのか?」
「いえいえ、そんなことはございません。脱がさせていただきます。」
金吾は僅かに震える手で足袋を脱がせた。
「あっ!」
そのとき露わになった娘の足の親指には毛がボウボウとゴボウの根っこのように生えていた。
「ふっ。どうせ、足袋を履くからと毛を抜かずに手を抜いたのが仇になったのぉ。
まぁワシには、その大袈裟に塗りたくった目の周りの化粧とあごひげの剃り残しを見たときには、大方予想はついておったがな。
どうじゃ、反論はあるか?」
「ありません。
…
申しわけございませんでした!
我が村は年々女衆が減っておりまして、それで少しでも村に置いときたく存じまして。」
「置いときたいとは、女のことを漢方薬のように言いよるのぉ。
お前も思わんか?娘。いや、男よ。」
「えっ、私?
漢方薬ですか!
ははっ、何いってはるんですか。
長江行って泳いできたらどうですか?
長いですよ。
長江。
川…
え…ははっ…はい。」
「……(何だ?)
まぁ良い、どちらにせよワシを愚弄しようとしたことに変わりはない。
では約束を守らなかった罰として今から村を焼き付くしに行くとしよう。」
そのとき金吾は「竜のくせに一人称『ワシ』て。」という小さな声を聞いた。
おそらく竜には聞こえていない。
竜が重い腰を上げようとしたとき、正座していた金吾も立ち上がった。
「竜様!それだけはご勘弁していただけないでしょうか?」
「ご勘弁だ?
じゃあこの落とし前はどうつけるというのだ?」
「本当の美人の娘を連れて参ります!
こういうこともあろうかと、本当の村一番の娘は今朝から用意させておりますので!」
「ならつまらぬ駆け引きなどせず、最初からそやつを連れてこんか!!!」
竜は火を吐いた。
当たった洞窟の岩壁がドロリと溶けた。
竜は何故か鼻の下に手をやっている。
「では大至急連れて参ります。」
金吾は女装した男を連れ、急いで村に戻った。
が、すぐに一人の女と一緒に竜のいる洞窟にまた戻ってきた。
「それが、その女か。
それにしても戻ってくるのが早いな。」
竜は気を緩め鼻をほじっていたのを見られた動揺を悟られまいと、いつもより鋭い顔で言った。
金吾は右手を頭の後ろにあて、照れ笑いを浮かべ言った。
「実は最初からそこの影に隠れさせておりましたのです。」
竜は座っていた大きな岩から落ちて片足でトントンと頭を屈ませ進んだ。
金吾はそれを見た刹那、竜の目線の僅か先に身体をヘッドスライディングのように滑り込ませた。
「金吾よ、何をしておる?」
「はっ、すいません。
竜様がこけたものだから、私も突っ立ってるわけにはいかないと思いまして…」
「そんなこと、頼んでおらんぞ。
まぁいい、お前は下がれ。」
「ハハッ、失礼致します。」
金吾は娘を洞窟に残し、急いで退去しようと踏み出した。
「金吾!」
「はいっ。」
「来年も楽しみにしておるぞ。」
「もったいないお言葉です。失礼致します。」
洞窟を出た金吾は待ち合わせ場所にしていた常連すら入らない昔ながらの酒屋の前で亮介と落ち合った。
亮介は一見ムスッとしてるように見えるが、口元と目の奥に満足感が溢れているのを隠せていない。
今朝とは比べ物にならない表情だ。
そう、今朝の機嫌の悪かった亮介とは…
「なぜだ、亮介なぜ行ってくれない!」
「女装なんてしたくない!
それに竜は女性を求めてるんだろ?
なぜ最初にわざわざ男が女装して危険な目に合う必要があるんだよ」
「でもな、この19年間誰も女装した男は食べられなかったんだぞ」
「そういう問題じゃないよ、結局その後女性が生贄になったんだろ?
じゃあ、女装した男いらないじゃねぇか。」
「亮介、お前はまだ大人の世界を知らない。
いいか、竜と俺達には『お決まり』ってのがあるんだ。」
「なんだよ、お決まりって。」
「いいか亮介、竜は年々『お前は男じゃないか』と突っ込むときに満足げな表情をするようになっている。
口角がうっすら上がってるし、下手したら女を迎えるときよりもいい表情をしてるときがある。
そして何より、当初と比べて竜の突っ込みスキルが上がってるんだ。
間・抑揚・言葉の選択、全て実践だけで磨き上げてるとは思えない。
おそらく影で特訓してる。
そんな竜の楽しみを奪って、男を挟まずいきなり女を生贄にしたらどうなる?
竜は暴れだしてその場で食べてしまうかもしれないぞ。」
「でもそんなに特訓してるんだったら、その場の即興で別の突っ込みに持っていくんじゃないのかよ!」
「いいか亮介、お前はまだ子供だ。
分かってないのは仕方ないから説明する。
いいか。人間ってのはな、特訓すれば特訓するほど即興が出来なくなってしまうんだ。」
「なんでだよ?」
「わからない、特訓した方向で結果を出したいという歴史的な商魂根性というか、もしくは島国体質というものかもしれない。」
「何言ってるかわかんねぇよ!
いいか、俺はもう出ていく!
こんな気持ち悪い村もうまっぴらだよ!
竜と一生おままごとやってろよ!」
「亮介!!
お前…わかってるんだろ、無駄なことはよせ。
村を出れるわけないんだ」
「…」
「覚えてるだろ?村を出ようとした猿吉のことを。」
「猿吉さん…」
「食われちまうだけだぞ、一つ目に。
」
一つ目とは村の近くにいる化け物で、その視界に入った人間の目を片目だけ食べてしまう習性をもつ。
食べられても片目は残るので生活に大きな支障は出ないが、問題は残った片目がなぜか顔の中央に寄っていき、ちゃんと公式の一つ目状態になってしまうことである。
寄りさえしなければ眼帯をするなりして見た目は変わらないが、顔の真ん中に眼帯をしようものなら、たちまち皆の笑いものにされてしまう。
毎日暇さえあれば喧嘩に明け暮れていた不良の象徴的存在だった猿吉だったが、一つ目になって以来部屋に塞ぎ込むようになり、あるとき村から姿を消した。
片目を失った猿吉は、おそらく一つ目に危害を与えられることなく村を出れたのだが、猿吉に続いて村を出るとするものは一人もいなかった。
それをこの亮介も思い出して「一つ目」と「女装」を天秤にかけたのであろう。
気付けば亮介は鏡の前で化粧をされるがままだった。
「だいたい俺は女装してどんな心持ちでいけばいいんだよ。」
鏡に映っている意外と化粧映えする自分の顔を見て「アリだな」という顔をした亮介が聞いた。
「安心しろ、何も考えなくていい。」
「何も?」
「無心でいろ、基本は無口でいい。
ただ喋るときは流石に声までは変えれないからな。
か細い声で喋ればいい。
そして話を振られたら素直に思ったことを返せばいい。」
「そんなもんで大丈夫なのか、竜は。」
「全く問題ない。
竜が今欲しがっているのは娘なんかじゃない、突っ込みやすい空気感だ。
だからこちらが構えてると、あっちも構えてしまうからよくない。
自然体が一番だ。」
「だがこの化粧はちょっと自然体とは遠いんじゃないか?
だいぶ濃いように見えるが。」
「亮介、勘違いするな。
本当に娘に見られてどうする。
明らかに男を女装させてると分かったほうが竜も安心して流れが組み立てやすいんだ。
さぁ顔は終わった。
後はこの足袋を履け。」
「…細かい話だけどさ、脚の脛毛は剃らなくていいのかよ。」
「大丈夫だ、剃る必要はない。
むしろこの剃り残しが効いてくる。
あと、足の指毛も剃るな。
理由は後々わかる。
ただ、あと何個か注意があるんだが。」
「結局あるんじゃねえか。」
「いや、大したことではない。
まず1つ。
竜は最近、何かに例える突っ込みにハマっている。
たとえ訳のわからない例えをすることがあっても何でもいいから返すか、せめて愛想笑いはしておけ。
わからないという顔して無視は一番ダメだ。
昔それをして竜を怒らせた男は容赦なくみぞおちを思いっきり殴られていた。
学生の人間同士に見えた。
そして2つ目はさっきの話と完全に矛盾することになるが、どこかのタイミングで竜を一度は怒らせないといけない。」
「は?どういうことだよ。」
「これはさじ加減が難しいのだが、本当に怒らせては駄目だ。
その場合は命の保証はできない。
ただ、程よい怒りを感じたとき、竜は洞窟の岩壁に向かって炎を吐く。
それが岩壁を溶かすとき、竜は渾身のドヤ顔をする。
満足している証拠だ。
その後相当機嫌がよくなる。
しかも、俺たちには絶対に危害が及ばないようなところに炎を吐くので安心なのだ。」
「ややこしいな。」
「大丈夫だ、基本俺が相手をするから。
あ、あと竜は時々鼻をほじる癖があるんだが、それはいじったら駄目だから。
本当に駄目なやつだ。
裏のやつではないぞ。
なんせ俺が昔それをいじってしまって、翼の先で思いっきり顔面叩かれたから。
基本竜は弄ったら駄目な先輩だと思って絡んでくれ。」
「はいはい。」
そう。
このときの空返事をしていた亮介と、今目の前にいる亮介は別人のようだ。
誇らしくさえ思っていた。
その日、金吾と亮介は久しぶりに夕食を共にした。
二人は笑い合い、普段は15分位で食べ終わる夕食がこの日は完食まで倍の時間がかかった。
また一年平和が訪れる。
村の皆がそう願ってやまなかった。
が、金吾が満足気な表情で寝息を立て始めた真夜中。
亮介は家をこっそり抜け出し、竜のいる洞窟に向かった。
真っ暗な洞窟に入り、雨粒がポタポタと落ちる音の不安感を拭いながらもすさみ足で竜のいる間についた。
竜は肩肘をつき鼻をほじっていた。
竜は亮介に気付くと、ほじっていた手をさり気なく尻にまわし掻きだした。
「よぉ、竜。
鼻ほじってるんじゃ場合じゃねぇぞ。
俺の話を聞け。」
「お?
なんだと。」
挑発された竜は、恥ずかしさを怒りで隠しながらムクッと立ち上がった。
「おっと、炎を吐いても無駄だぜ。」
そう言うと亮介はこっそり持ってきた水いっぱいのバケツを頭からかぶった。
「さぁこれで炎は効かない。
むしろ健康にも良さそうだぜ。
未来のこの国で若者に流行るんじゃねえか?この健康法は。」
「ほっほっほっ。
亮介と言ったか、中々骨がありそうじゃのぉ。
よし、特別に聞いてやろう、お前の話とやらを。」
「話というか、要求だ。
一つ。お前に捕まってる19人の娘と成熟しちまった娘を開放しろ。
二つ。お前がこの村から出ていくこと。
以上の二つだ。」
「面白いことを言う餓鬼だ。
そんなことをして俺に何の利益がある?
何故そんな不利益なことをしなければならん?」
「安心しろ、お前に利益はある。
村から出るのはお前だけじゃない。
俺も一緒に出ていくんだ。
そして俺と二人で漫談の旅に出る。
世の中の人を笑わせに行くんだ。」
「笑わせに、旅に出るだと?」
竜は尻から手を離した。
ゆっくりと鼻に近付けて興奮気味に尋ねた。
「俺とお前の二人でそんなことが可能なのか?」
「可能だ。
ただし、今のように二人で向かい合って喋るのではなく、俺とお前が横に並んで正面の客に向けて喋るという形をとる。
ちょっと今並んでみるから。」
亮介は竜のすぐ横に行った。
「この方が俺達の掛け合いが入ってきやすいはずだ。
そして掛け合いの基本の形はそうだな、俺が変なこと言うから、お前はそれを訂正するんだ。
要するに突っ込むんだな。」
「突っ込む?」
「お前今日うちの父さんにやってたぞ。
間髪入れず俺の言った変なことを訂正して、そのとき同時にお前の大きな翼で俺を叩いたらいいんだよ。
そしたら聞いてる人達は共感と爽快感と少しの驚きで笑いが倍増するはずだ。」
「ちょっと待て。
俺は翼で隣にいるお前を叩いたらいいと言ったな?」
「あぁ、俺がボケたとき、要するに変なこと言ったときにな。」
「じゃあ、立ち位置は逆の方がいいんじゃないか?
ほら、俺は右利きだ。
客から見て右、お前の左にいた方が翼の威力があがるぜ。」
「なるほどな、じゃあそうしよう。
だが手加減はしろよ。
翼の振りは強く、威力は弱くがベストだ。
むしろ翼の振りに違和感が出ないようにするために立ち位置を右にすると思っておいてくれ。」
「分かった。」
その後朝まで二人は洞窟で掛け合いの特訓をした。
亮介はその日から約一ヶ月、毎晩毎晩金吾の目を盗んで洞窟に行き、竜と喉が枯れるまで掛け合いを練習し続けた。
気付けば、亮介の左肩はパンパンに膨れ上がっていた。
そして別れの朝が来た。
「亮介、お前左肩虻か何かに刺されたのか?
え?違う?
竜と掛け合いの特訓をしていた?
何を言っておるんだ、お前は。
え?何!?亮介!
お前、旅に出るだと!?
そんなのワシは許さんぞ!」
金吾が机に手をかけた。
「聞いてくれ、俺が旅に出れば竜もこの村から出ていくらしいし、捕まっていた娘さん達と少し召された娘さん達も開放すると約束した。」
「何だと!?
あの竜が!?
そんなことあるわけないだろ。
お前何をした?
最近夜中にこっそり外に出ていくのは気付いておったが、それもこれのためか?
言え亮介、それが本当ならどうやってあの竜を説得した?」
「答えはこれだ。」
亮介はポケットから「本日、夕方17時より広場にて亮介と竜による最初で最後の掛け合い祭開催!」と書かれた紙を取り出し渡した。
これ村長に頼んで広場の瓦版に貼ってもらっといてくれ。
「亮介!これは…」
「じゃ、俺アイツと『合わせ』があるから行くわ!17時に広場で待ってるから、父さん!」
「あいつ、今確かに父さん。って…」
数時間後
金吾を含む村のほぼ全員が集まり、二人の姿を見て驚いた。
「いやーどーもー皆様お元気ですかー。
私、竜でございますー。」
「どーもー。フランシスコ・ザビエルですー。」
そのとき、左手にいた竜が右手の亮介と入れ替わった。
そして天に昇るのではないかというくらいに右の翼を高く上げた。
数秒後、客が大荒れになるほどの風が吹いた。
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