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念力の貸借対照表
・社会保険のから揚げ
・どういうつもりで仏教煮
・サッとクリーミーな独裁
・メンタコの生演奏付きでワンコイン
・ドリンク別
・別売りの生ビールはキングコングの逆さ落とし百年もの
「これを念力で配達してくれ。三分以内だ。すぐに着く」
「…………」
店長の強烈な無茶ぶりに男は黙ってしまった。献立もハチャメチャだ。彼いわく「ばくだん」「タイタン」などと言った昔からある命名の延長だ。レシピも計り知れないしオーダーもぶっ飛んでる。
「あのなあ。いいから、ここのテーブルに来い。この生ビールも飲んだら帰っていいから。生ビールは、私があげるから」
「…………」
無言を貫くライター。デリバリースタッフに酒をおごる客も客だろう。そいつもまた論外で、空のグラスが列をなしている。
そしてそれは、また一つ増えて、更に、更に、もっと増えていっている。
「……頼んますよ」
諦めきれずに、そして心を鬼にして、そう言ったんだ。店長は当時のハラスメントをそう証言した。だいたい三分以内に出来るレシピじゃない。社会保険のから揚げなんて年季の入った地鶏を仕入れるとこから始めなくちゃいけない。とりあえず在庫はあった。言われた彼は念力を振り絞って届けた。
するとお客様からクレームが入った。「社会保険のから揚げは塩気が足らないぞ」
店長はバイトの武田君を叱った。「おい、お届け先の田山様からまた苦情だぞ、あれほど念力しろといったろ」
武田は「すみません。僕、色白なもんで」と謝った。
色白の能力者に塩気はないだろう。れっきとしたモンスタークレームだ。
お客様には、「念力で」って、言ってやった。
武田は「ありがとう!」。
店長が従業員を守るのは当たり前だ。色白の能力者に塩分は禁忌だ。ただでさえ血圧があがるのに。念力を振り絞ることはトイレで気張る作業に似ている。脳溢血のリスクがある。彼は田山様にそう説明した。
ライターは一、二の割合で、バイト仲間、バイト仲間、バイト仲間に念力を持ちかけていたんだ。
するとお客様が一、二の割合でバイト仲間、バイト仲間、バイト仲間の念力の力使い始めたんだ。
なんでも「ライターって、いつも念力で届けるんで、念力で運ぶのは珍しいと思ってて」と不思議そうに教えてくれたよ。
「念力で、これを? 何のための念力なんですかね?」と、
彼らは不思議そうに言った。まぁ、空間からドビャっと実体化するより料理が皿ごと飛んでくる方がありがたみがあるだろう。バイト仲間の念力という物は、ここ最近の流行だ。不特定多数でパワーをシェアする。まぁ確かに空間から料理が湧きだすような無茶ぶりはできる。
そして念力は不思議なくらい便利で、彼は何か思いついてその場に置いておき、あとで、
「ライターお前、何やってんの? 何か念力で運ばすの?」
と、念念力が便利すぎて店長はもう、言わずもがな……。
だがライターの反応は、
「ライターさん? 念力を使って、何を?」
だった。ライター職に就く人間はだいたい横柄だ。大事にされ過ぎて、自身も店の調和を采配するシステムの一部だという事を忘れる。
また彼の口数が、増え出した。
「ライターさん、さっき私『念力で。って念力は、何のために使うのですか』って、言いながら念力で……」
「…………いや?」
「何か思いついて、念力を使うんですか? つまり、ライターさんはお金持ちには念力で運ばないでほしいの? それで僕、こんなに念力使うの???」
武田が怒るのも無理はないだろう。バイト仲間の念力は他力本願だ。心のこもったサービスとはいいがたい。
「ライターさん、念力使うという行為自体が珍しいのですか?」
「お前の、ことでは、ないか。そうじゃない」
顎のしゃくれたライターが横柄な態度に出た。希少な能力者同士がマウントを取り合っても意味がない。能力者はレアなんだ。もう少し自己肯定感を持てと言っている。
「……ライターさんの、持つ念力は珍しいものですか?」
「そうじゃ」
「この念力はたしかに、珍しいですか?」
「この念力の存在自体が珍しい。これは不思議だがな」
「じゃあ、ライターさんは珍しくありません」
「……いやしかし……いや。それは、この念力がなかったとしか言えないがな……」
あまりに態度がデカいので店長が怒った。
「ライターさんは、ここに来た時には、武田みたいだったろう。いろいろあって、ここに来ていたのだろう? あなたの言い分はわかった。だったら、何で、こんなにしてまで、ここにいるのかな?」
「……それは……わからないことではない。だが……」
ライターは口ごもった。彼なりの価値観があるなら釈明すべきだ。
「……なに?」
「ここは、私の場所じゃない。ここはな、私の場所じゃないのだ!」
「そ、そうですか?」
店長は何となく彼の言い分を察した。役不足が不満なのだ。
「この館は私のものではない……それに、私はライターよりも、この館の者の中のことに興味がある! それはライターの、ように……」
「……わからなくは、ありません」
まぁ、横柄と向上心は比例する。誰だって自分が可愛い。尊重されたい。活躍したい。もっと出番が欲しい。当たり前の感覚だ。
「お前の思う通りに、してやれば良いのだ」
「そうですか。そうですね。お姉さんの念力を借りてみるとするかな。でも、それだけでは、何ともありませんね」
店長は姉思いのライターを刺激した。
「う……うむ……」
姉弟揃ってライターをすればよい。田山様の無茶ぶりにも対応できる。いうまでもなく、彼女はバイト仲間の念力使いだ。
こうして、僕もライターに念力を、借りてみることにした。
どうするか? 彼の指導のもと使っててみる。でも、ちょっと、危なっ……
念力使うときは、念力は自分の意志と関係なく、他人の念力による影響を受ける。それを理解して、念力を使うことの重要性を改めて学ぶのは、難しいかもしれない。
でも、この力を、貸してもらって使うというのは、確かに僕の精神的に少し、揺らぐ感じがするなあ。
でも、僕が念力使いの能力を、使って、ライターを呼ぶことが、僕としては嬉しかったのかな?
それとも単純に、僕は人の念力と一緒に歩いても平気という感じがしたのかな?
それとも、ライターは僕の念力を持って、この館を訪れたことで、僕にとって一番大事な、心の中にあるライターを感じられるように思えて、それを感じたことそのものが嬉しかったのかな?
ライターは、人の念力による影響を受けてしまったのは確かにそうだ。だけど、僕の念力は、他人の念力によって、影響を受けることはない。人が自分の念力による影響を受けるのは、自然なことだからね。
「でも、ライターが僕の念力による影響を受けるのは、他人の念力だ」
こう言ったら、彼はまた黙った。
「…………」
──人の念力によって、自分を痛めつけていた僕が、ライターの念力に照らされて心に火をともす。それってバイト仲間の念力に通じる何かがある。
そうだ、ライターの任務って店の調和を保つことだっけ。
だったらゴーレムのデリバリースタッフである僕に貸しを作ったという事だ。
ようやく人間の恩という物がわかりかけて来た。
世話になったとか、面倒をみてやったとか、どうしてトラブルを融通したり抱えたがるんだろう。ゴーレムたちの間でいう人間の七不思議だ。
「…それって、俺から何かを得て、俺に何かをくれたってことだな。よし、つけておけよ」
ライターは僕に真新しい帳面をくれた。イイ人じゃないか!
こうして僕は、念力の貸借対照表を通じて、ゴーレムであることに何かをつけたすことができたんだ。
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