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10:願いと怒り(ミシェル視点)
「どうなっているんだ……!」
僕はイライラしながら無意識に爪を噛む。王子らしくないからとよく注意されるが無意識にしてしまうのでしょうがないじゃないかと余計にイライラした。
部屋の中をぐるぐると落ち着きなく歩きまわり、調度品の花瓶を叩き割りたい衝動に駆られるがさすがにそれはダメだと拳をおさめる。
僕は王子だ。王子が望んだことが全然叶わないなんておかしいじゃないか……!
この5年間、あの悪女であるセリィナ・アバーライン公爵令嬢の悪事を暴いてやろうとあの手この手を尽くしたがなぜか全て失敗に終わってしまった。
ゴロツキに金を握らせて襲わせようとした時はあの女に近づく前にいつの間にかそのゴロツキどもは姿を消した。最初は金だけ持って逃げられたかと思ったが、それから何度違うゴロツキを雇っても必ず姿を消してしまうのだ。おかげで街から質の悪い暴漢はいなくなってしまった。
次は裏家業のヤバイ奴等に頼んでみた。王子の立場としてはそんな奴等と関わったなどと知られたら厄介かもしれないが、これも愛しいフィリアの願いを叶えるためだ。
彼女が言ったのだ。セリィナ・アバーラインはきっと悪事を働いている、と。あの女は田舎者や自分より身分の低い人間を差別するとんでもない女なのだ、と。
だから、僕がそれを暴いてあの女を地の底に叩き落としてやるんだ。
それに内部調査まではなぜか邪魔が入って出来なかったが、どうやらあの女は公爵家でも浮いた存在らしい。
公爵家の長女と次女はとても優秀らしいが、余り物の三女は政略の役にも立たないキズモノだからな。家族に嫌われても当然だ。
しかもキズモノのくせにボランティア精神の高い優しい貴族の令息がせっかく婚約者にと望んでやったのにも関わらず顔も合わせず断るのだとか。役立たずのお荷物なキズモノのくせに、せめて家族の邪魔にならないようにと自分から家を出ようともせずいつまでも公爵家に寄生する害虫が……!
公爵家は優秀な貴族だが、この汚点だけがどうしても気にくわなかった。あの女がフィリアよりも偉そうにして過ごしていると考えると気が狂いそうだ。
僕はフィリアを愛している。もちろん両想いだ。だが、フィリアは男爵令嬢。どんなに愛し合っていても王子の婚約者にはなれない。
王子の婚約者にはなるためにはどんなに低くても伯爵……否、侯爵くらいの爵位が必要だ。でも公爵家に年頃の娘がいるとなるとやはり順位はそこからになってしまう。さすがに父上もあのキズモノと婚約せよとは言わないが一瞬でもあの女が候補に上がったかと思うと虫酸が走った。
あのキズモノは候補に上がるのに、男爵令嬢であるフィリアは候補どころか存在すら無視されるのだ。ただ爵位が男爵なだけでフィリアは素晴らしい女性だと言うのに!
フィリアもよく悲しそうに言っていた。「わたしが公爵家の娘だったなら、みんなに祝福されてミシェル様の婚約者になれるのに」と。
“あの女とフィリアの立場を入れ替える”。愛した女性のこんなささやかな願いすら叶えてあげられない自分の無力さが腹立たしかった。
そんなとき、とんでもない情報を手に入れたんだ。ヤバイ奴等だとはいえ、さすがに裏家業をしているだけあって仕事が出来るようだ。僕はその報告書を読み、笑いが止まらなくなった。
「これで、あの女に泥水を飲ませてやれる……。フィリアの望みが、僕の望みが叶うぞ!」
その報告書にはこう書かれていたのだ。
“セリィナ・アバーライン公爵令嬢とフィリア・ダマランス男爵令嬢は赤子の時に立場が入れ替わっていた可能性がある”とーーーー。
だから、パーティーを開いてやることにしたんだ。
あの女の鼻をへし折ってやるためのパーティーだ!
そして、あのパーティーの招待状がくばられたのだった。
***
〈数日後のアバーライン公爵家の裏庭(山)にて〉
ドサッ。と音を立てて数人の男の死体が山のように積まれていった。
「よし、掃除終わりっと」
服についた埃を払い髪をかきあげるライルに、執事長でありライルの師匠でもあるロナウドは「これくらいで服が汚れるとはまだまだですな」と小言を漏らした。
「ロナウドさん、そっちも終わったの?」
「ライルが最後のひとりを片付ける前には終わりましたぞ」
「アタシの倍はいたのに、さすがだわぁ。それにしてもこの5年間で増えた刺客ってほとんどあの王子の差金よねぇ……」
あのダンスパーティー以来、あからさまにセリィナを狙う暴漢や下級貴族のはみ出し者が増えた。どいつもこいつも「あのキズモノをこっちで処分してやるよ」とか「あんなお荷物のキズモノだが、情報をくれれば金をやるぞ?」とか声をかけてくるのだ。……え?そんな奴等がどうなったか?そんなの決まっている。
「ここ最近はさらに増えましたな。おかげで野犬どもも腹一杯のようで……とりあえず今日の分は首をはねて、体は切り刻み森の肥料にしてしまいなさい」
「あら、首はどうするの?」
「どうやら裏家業の奴等が関わっているようなのでそいつらにお返ししますかな。アバーライン公爵家にケンカを売ったらどうなるか教えて差し上げなくては」
ふぉっふぉっ。と穏やかに笑うロナウドだが、目が笑っていない。ライルはいつも以上に静かな怒りを感じていた。
「ロナウドさん、怒ってるわねぇ。まぁ、アタシもめちゃくちゃ頭にきてるから賛成だけど」
ふふっ。と笑うライル。やはりその目は笑っていなかった。
こうして毎夜、アバーライン公爵家に忍び込もうとしたり、使用人から情報を聞き出そうとしに来るならず者を綺麗に掃除し終えると、やっとアバーライン家の使用人たちの1日の仕事が終わるのであった。
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