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3:悪役令嬢と悪夢
以前の私の最後の記憶は17歳の時の事だった。
どこにでもいる平凡な高校生で、勉強が苦手でスイーツが好きなのに口癖はダイエット。友達との話題は流行りの乙女ゲームの事が中心。そんないつもの日常を過ごしていたのだ。
「どうやってもシークレットキャラが出てこないよ~っ」
「噂通りの鬼畜システムだねぇ。 普通はいくらシークレットでももう少し攻略ヒントとか出るもんなんだけど」
「このゲームの制作会社、シークレットキャラを世に出す気ないんじゃない?」
「なんかSNSでは誰が先にシークレットキャラのルートを出せるか競争してるらしいよ!」
クラスの女子たちがそんな事を話していたのをなんとなく覚えている。
話題になってるゲームとは≪エターナルプリンセス~乙女の愛は永遠に輝く~≫と言うタイトルの乙女ゲームだ。
女子中高生の間では“≪えたぷり≫信者”と呼ばれるマニアな人までいるくらい爆発的な人気ゲームで各攻略キャラに恋する人も少なくなかった。かくゆう私もそんな≪えたぷり≫信者……とまでは言わないけどハマって現在攻略中である。
「そういえば私もシークレットキャラ出てこないなぁ……」
ゲームのパッケージには真ん中にヒロインがいて、攻略対象者たちがそれを取り囲むように描かれている。しかしそこには噂のシークレットキャラはいない。取り扱い説明書のキャラクター紹介ページに小さく〈※すべてのキャラクターをある方法で攻略すると、シークレットキャラのルートが出現します〉とだけ書かれているのだ。
謎のシークレットキャラは瞬く間に話題になり、ゲーム中毒者たちが我こそはとシークレットキャラを出現させるべく奮闘するが何をどうやっても出てこない。そのせいで想像ばかりが先行してとんでもないキャラクターなのでは?!とみんなが騒いでいた。
そんな時、あのシークレットキャラについての情報が書かれていると言う雑誌が発売されたと聞いて本屋をハシゴした。近くの本屋はすべて売り切れで隣町まで行ってやっと手にいれたが気がつけば空は夕暮れもとっくに過ぎすっかり暗くなっていた。
早く雑誌を読みたい気持ちを押さえていたのと、門限に遅れそうだったので焦り普段なら絶対通らない裏道へと進んだ。
そこで、通り魔に襲われてしまった。
見たこともない男だったが、その男が私を見下しニヤニヤしながら包丁を振り下ろしてきたのを私は恐怖のあまり身動き出来ずにただ見ていた。その光景はいまだに忘れられない。
その記憶を思い出したせいで、見下したように見られることや悪意の視線、刺されるかもしれないという可能性のある人物に異様に反応し恐怖してしまうのだ。
あの時も、暴漢に拐われ殺されるかもしれないという恐怖がこの前世の記憶を呼び覚ましたのだと思う。
7歳のセリィナに私の記憶が突然移植され、私とセリィナはひとつになった。突然の前世の記憶のせいで混乱はしたが私は確かにセリィナなのだ。
でも、だからだろうか。自分が未来の悪役令嬢で断罪され殺されてしまう運命にあると知りセリィナは絶望してしまった。
私がゲームで見た悪役令嬢の最悪な未来の記憶が、今のセリィナにはまるで悪魔から受けた死刑の宣告のようだったのだ。
そのせいだろう、私はいつも夢を見る。
私の記憶と幼いセリィナの恐怖が入り交じった夢を……。
あれ?ここはどこだろう?そう気づいたときには“私”はいつもみっともなくバタバタと音を立て長い廊下を走っていた。
『もう逃げられないぞ、セリィナ』
背後から冷ややかな声が聞こえた途端に心臓が締め付けられたように苦しくなり足がもつれその場に倒れてしまう。
迫り来る足音に恐怖し、ゆっくりと視線を背後に動かすとそこには何度も見たことのある光景が広がっていた。
そこにいたのは金髪碧眼のよく知った少年で、鋭い剣をこちらに向けて構えている。
彼の名は、ミシェル・ベルザーレ。
蔑んだ目で“私”を見下ろす彼はこの国の王子であり、攻略対象者のひとりだ。
その後ろにはひとりの少女の姿がいて、悲しそうに眉をひそめ翠玉色の大きな瞳には涙が滲んでいる。
『お前はこの子を殺そうとしたな。 公爵家への恩も忘れ嫉妬に狂うなどなんと醜い女だ。 お前のような者は生きる価値もない!』
次の瞬間、胸に痛みが走る。指先が冷たくなっていき“私”の視界は真っ赤に染まった。
「――――っ!!」
声にならない声をあげ目を開けると、そこはいつもの私の部屋だった。いつも見る悪夢に激しく脈打つ心臓が苦しくて息が荒くなる。
ヒロインが王子であるミシェルルートを選択すると最後はミシェルに心臓をひとつきされて殺されてしまうのだが、他の攻略対象者の場合も首を切られたり無理矢理毒を飲まされたりと酷い殺され方をする。
こんなふうに毎回攻略対象者が違うだけで断罪され殺されるシーンばかり繰り返し夢に見続けるのだが、まるでこの世界の神様が私の未来は変えられない。と念押ししているようにも思えた。
それでも体調の良い日などはこの夢を見ることも少なくなっていたのに、今日のはいつもに増してリアルだった気がする。やはりデビュタントパーティーに出ることを決めたからだろうか。
ミシェル王子の迷いも情けも何もないあの鋭い瞳を思い出して背筋に冷たい汗が伝う。実際に体験したかのように胸の辺りがずきずきと痛み指先はまるで氷かと思うほどに冷えていた。
***
もぞり。と、ベットの中に侵入者の気配を感じライルは目を覚ました。
そっと毛布をめくるとシーツにくるまったセリィナが寝息を立てている。
「……あらあら、困った眠り姫様だこと」
ライルの寝室はセリィナの希望によりセリィナの部屋の隣にある。正確にはセリィナの部屋の衣装部屋を改装し廊下側にも扉をつけた部屋だ。なので当然セリィナの部屋とは繋がっていてあえて鍵もつけていない。
セリィナは3年前のあの事件の後からよく怖い夢を見ては魘されていた。夢の内容は教えてくれないがいつも寝言で「助けて」と叫んでいるのをライルは知っている。そして、そんな夢を見ると必ずライルの寝床に忍び込んでいた。いくら子供とはいえ執事と一緒に寝るのは令嬢としてどうかと思ったのだが、セリィナが自分にしか見せない笑顔で「だって、ライルの側は落ち着くんだもの」なんて言われてしまっては強く反対出来ないでいた。
「ふふ、可愛い寝顔ね」
本当ならセリィナを起こして自分の部屋へ帰らせねばならないのだが、すやすやと眠るセリィナを起こすなんてとても出来ないライルはそっとベットから抜け出しセリィナに毛布をかけ直すと自身はソファへと移動したのだった。
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