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5:ヒロインの企み(ヒロイン視点)
もう!なんだっていうのよ!!
すれ違った人がチラリと二度見する可愛らしさと人の視線を惹き付ける不思議な魅力を持ったその少女は、プラチナブロンドの髪を靡かせ大きな翠玉色の瞳に怒りを滲ませた。
貴族の令嬢だが、つい最近まで訳があってかなりの田舎で暮らしていた。
だからセリィナの誘拐事件のことも一部の貴族の噂しか知らなかったのだが、その話を聞いた時に閃いたのだ。
みんなから蔑まされているとはいえ相手は公爵令嬢だ。このかわいそうな令嬢に近付き懐柔すれば、下位貴族の娘である自分でも甘い汁が啜れるかもしれない。と。
今日は幸運だと思った。たまたま外を歩きたくなって引き寄せられるようにあの付近をうろついていたら偶然にも公爵家の馬車を見つけた。するとどうだろう、なんとそこにはいつもなかなか人前に姿を現さないというあの公爵令嬢が乗っていたのだ。
チャンスが来たと思った。
だから馬車の扉の前に飛び出したのだ。これでわたしがケガをすれば恩を売れる。と。
公爵家の馬車に乗せてもらえて、屋敷に招待されるだろう。きっとケガをさせた責任を取るからとドレスや宝石を贈ってくれるはずだ。
そうだ、デビュタント用のドレスをオーダーメイドで作ってもらってドレスに合わせたアクセサリーも揃えてもらおう。そして公爵令嬢と共にデビュタントパーティーを過ごせばわたしの後ろ楯に公爵家がいるとアピールできるはずだ。
ひとりぼっちのかわいそうな公爵令嬢には優しい言葉を見繕ってあげればきっと喜んでわたしを友にと望むだろう。
ああゆうキズモノのくせに傲慢な女は本当は寂しいはずだ。うわべだけの甘い言葉に蜜にたかる虫のように飛び付くだろうと想像すると笑いが込み上げてきた。
そうすれば、いずれわたしに依存し傀儡のようになり、わたしは影から公爵家を操るのだ。
わたしには夢のような輝く未来が待ってるはずだった。そう確信したのに。
それなのに、わたしの予定はまったくうまくいかなかったのだ。
ちゃんと予定通り、公爵令嬢とぶつかってケガまでした。それなのに、公爵家の屋敷に招かれるどころか馬車にすら乗れなかったじゃないか。
それどころかまさか歩いて変なジジイのところへ連れていかれるなんて、最悪だ!
あの女も、珍しいワインレッドの髪が綺麗だったからとせっかくわたしの物にしてあげようと思って声をかけてやったのにあんな失礼な態度をとるなんて許せなかった。
あの女は公爵令嬢のなんなのかしら。侍女?それとも家庭教師?どのみちあの公爵令嬢にろくな目にあわされてないことは確かなのに、わたしに感謝こそすれあれはなんなの?!
わたしは美しい物が好き。男女問わず美しい者はわたしの側に侍るべきなのだ。
幼い頃からずっと親も使用人もわたしをちやほやしてくれた。住んでいたところは田舎だったけれど、村にいた人間はみんなわたしを誉め称えたのだ。
だからデビュタントパーティーのためにとやって来た王都を見てひと目で理解した。
“この美しい街でこそ、わたしは愛されるべきなのだ”と。
令嬢の頂点に立つのは、あんなキズモノで陰険な性悪の公爵令嬢なんかじゃない。それはわたしだ。
あぁ、こんなに美しい街ならもっと早く来ればよかった。本当は3年前に王都に来るはずだったのに流行り病にかかってしまったせいでこれなかったのだ。あの時わたしを診たのも村のヨボヨボのヤブ医者だった。もう元気だって言ってるのにいつまでもあんな田舎に引き止めやがって。デビュタントパーティーは貴族の義務だからと無理矢理許可をもぎとるまで3年もかかってしまったのだ。
でも、だからこそ。田舎でくすぶっている3年の間に貴族たちの噂をかき集めて企てたこの計画を成し遂げなければならない。こんな簡単に諦めたりしないわ。
絶対に公爵令嬢を踏み台にしてのしあがってやる。
あぁ、しかしイライラするわ。せっかく街に出てきたしこの鬱憤を晴らせないかしら。
街に構えた新しい家は見た目はそれなりに貴族らしい屋敷だったが、実際は中古の物件だ。やはりどこか古臭い。
田舎でこそ権力ある貴族だったが、王都に出てくれば自分の家よりも立派な屋敷が立ち並びどう見ても負けているのがやたら気になった。
世界に愛される自分がこんな屋敷で暮らしているなんて恥ずかしい。わたしにはもっと豪華できらびやかな住まいが似合っているのに。
そんな時、なんと今度は王家の紋章の入った馬車を見つけたのだ。そして一瞬見えた人影は金髪の美しい少年の姿。
あれは、王子様だわ!
そしてわたしはまた閃いた。公爵家の馬車では失敗したが、今度は成功するかもしれない……。
「きゃあっ」
「あっ!まさか人がいるとは……大丈夫ですか?!」
この国の王子が馬車からなぜか飛び出した瞬間、たまたま通りすがった少女にぶつかりケガをさせてしまった。
「は、はい……申し訳ありません、わたしがよそ見をしていたせいで……あっ、痛い!」
「大変だ!ケガをしているじゃないか!」
「たいしたケガではありませんから、お気になさらないで……いたっ」
「急いで手当てしなければ……早く馬車に乗って下さい。城で手当てをさせましょう。王家専属の一流の医師が揃っていますのでご安心を」
「まぁ、王子様はなんてお優しいのでしょう。公爵家の方はあんなに冷たかったのに……」
ポロリと涙を溢す少女に王子は慌てる。
「公爵家がどうかしたのですか?」
「実は、さっき公爵家の馬車に轢かれかけてケガをしたのですが、手当てどころか下町に放り出されたのです」
「なんて酷い……!」
少女の言葉に王子は怒りを露にした。公爵家と言えば貴族の中でもトップクラスの存在なのに、まさかそんな傲慢な者だったとはと拳を震わせる。
「泣かないで下さい。そうだ、よければ僕の友達も紹介いたしましょう。他にも悩み事があれば僕らが相談に乗ります。あの、お名前を伺っても?」
王子がそっと少女の手を握ると、少女は涙に濡れた翠玉色の瞳を輝かせた。そして誰もが目を奪われる薔薇色の微笑みを浮かべたのだ。
「わたしの名前は――――」
この少女の名前は、フィリア・ダマランス男爵令嬢。
今、3年前に果たすはずだった攻略対象者との出会いイベントが行われた。
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