縁結びの館

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「ようこそ、縁結びの館へ」  青白い顔をした男が闇の中からぬっと出てくる。 壁に付いている燭台にはひまわりの種ほどの火が添えられているだけで、必要最低限のものしか照らさない。 「ここは人と人ならざるものを結びつける縁結びの館。例えば、虫。例えば、花。例えば、金。あなたはなにと生涯を添い遂げたくてここを訪れたのでしょう」 「私は……」  そう言って訪問客の女性は鞄からひとつの人形を取り出した。 「……出来ますか?」 「ほう……これはこれは。容易い御用です」 「あの、おいくらでしょうか……チラシには要相談、としか書かれてなかったので……」  男は、ただでさえ細い目をさらに細める。  そのチラシには具体的な料金は載っていない。館の主は金欲しさこのようなことをしているわけではないのだから。 「料金は一切いただきませんよ。ただ、その代わり……」  男は女の客に耳打ちをした。それを聞いた女性客は一瞬顔を硬くさせた後「わかりました」と言った。 「それではこちらへどうぞ」  青白い男は闇の奥へ誘う。  女性は誘われるがまま、闇へ消えゆく。  もう二度と戻れないこちらの世界に振り向きもせず。  それが彼女の望みならば、誰にも止められまい。    ここは縁結びの館。  人ならざるものと結ばれるために訪れる。  あなたは、なにと結ばれたい?  ホテルのような廊下が終わりが見えないほど延びている。廊下の幅はビジネスホテルの半分くらいで、等間隔にあるドアは左側だけで、部屋番号などは無い。灯りはドアの下の隙間から光が出て来ているだけ。 「着いてきて下さい」ランタンを持った青白い男は言う。  どれだけ歩いても廊下の景色は変わらず、同じところを繰り返し歩いているように感じるかもしれない。 「すみません、トイレ行きたいのですが」  すると青白い男は立ち止まり、女性の隣のドアを示して、お入り下さいと言う。 「トイレですか?ここ」 「ええ、そうです」  ドアを開けると、ブルーの光が部屋に漂っている。 トイレの奥の壁がガラス張りになっている。ドア側が広く、窓になっている壁の横幅が狭い。上から見ると台形になっていて、ガラス張りといっても横幅は50センチメートルほどだ。上から下は全てガラスになっているが周りから見られる心配はない。なぜならここはかなりの高層階たから。下を見ると雲海が見える。太陽はまだ登りきっておらず、夜と朝のちょうど間。  手前にあるのはたしかにトイレだが、便器が向かって右を向いている。女性は、入ってこちら側に向いているトイレしか見たことがなかったので、便器に無視され嫌われたような気分になるが、それに従い右を向いて座る。  左側を見ると開放感と高所の恐怖と個室という安心感を同時に味わう。  トイレを出ると、青白い男は5メートルくらい進んだ先にいた。女性は急いで駆けつける。 「すみません。おまたせしました。ところで、何故あのドアがトイレだと分かったんですか?」  それは簡単なことです。このドア全てがトイレなのです」 「何故そんなことになっているんですか?」 「トイレって足りなくて困ることがありますよね?でも多くて困ることは無い。個室の中でスマートフォンをいじっている者のせいで、緊急事態の人が入れずに大惨事になる事だってある。朝、家にトイレが一つしかなくて、お父さんが長々使っていることもある。  それにトイレは人間が唯一落ち着ける場所でもあると思います。避難所と言っても過言ではない。個室トイレで何か良いアイデアが浮かぶこともある」  廊下が襖に突き当たり、青白い男が開け、二人は入る。  その部屋の床と壁は真っ黒で四畳半くらい。部屋の真ん中にテーブルと椅子が2つあり、四方の隅にロウソクがあるだけで、必要最低限のものしか照らさない。つまりはじめに来た場所とほぼ変わらない。  二人は向かい合って座る。  青白い男は言う。「私はね、高いところが好きなんですよ。建物だったら高層階ですね。低い場所にいたら私の価値も低くなったような気持ちになるでしょう?ここより高い場所もなかなかないですが、ここに入る人間もできるだけ少なくしています。同じ高さの人間がいると、同じ立場のような気がしてしまう。見下したいんですよ。物理的にもね」 「そうですか」 「でも今は私とあなた、対等ということです。ではそろそろ本題に入りましょうか。あなたは人形と結婚したい?」 「そうです」 「結婚したいというのは良いことですね。素晴らしい。けれど人間と人形が結婚というのは無理がある」 「どういうことですか?出来ないんですか?」 「そうですね。このままでは」 「どうすれば良いのですか?」 「結婚というのは種類が同じでないといけない。つまりあなたの場合、人間が人形になるか、人形が人間にならなければならないということです。あなたが人形になるということで良いですね?」 「いいえ、人間にしてください」 「あなた、その人形を愛しているんですよね?なら何故人形と同類になることを否定するのです?」 「私は人間のままで結婚出来ると思っていたんです」 「そうですか。ではやめますか?」 「人形が人間にはなれないんですか?」 「はい。人形よりも人間の方が価値が上です。価値は上げることは出来ないが、下げることはできる。作り上げることよりも壊す方が簡単、それと同じです」 「でも、人間の方が価値が上なんて人間の自己中心的考えじゃないですか?」 「そうですね。私たちは人間界に生きていますから人間が一番なんです。人形界に行けば人形が一番かもしれない。でもそれは人形になってから勝手にやって下さい」  太陽はまだ昇らない。女性と青白い男は夜と朝の間をさまよっている。 「わかりました。人形にしてください」 「では、ここから人形とご一緒に飛び降りて下さい。気づいたときにはお望み通りの姿です。心配いりません」
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