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がちゃん、と受話器を切ったクボタが言った。心底安心した顔をしているのは、まだかかってきた電話が短時間で終わる“良心的なお問い合わせ”だったからだろう。
基本的に問い合わせやクレームをしてくるのは、転生を待つ待機所がわりの世界の“死者”たちか、その転生者たちを受け入れ、あるいは送り出す世界を統治する“神々”である。漏れ聞こえてきた内容から想像するに、さっきのはその神様の一人からの問い合わせであったらしい。単純に書類の書き方が分からなかっただけ、という至ってまともな質問だったようだ。
「あの異世界転生モノのライトノベルって、神様の間でも流行しちゃってるみたいなんですよね。で、どこかのクソが言い出しました、と。“俺らもやってみればいいんじゃね?”」
「マジでクソじゃね?あのトラック異世界転生を実際にやるとか大迷惑じゃね?」
「ほんっとそれですよ!異世界から“勇者”を連れてくるためにトラック操って交通事故起こして人を殺しておいて、自分達の世界に無理やり引っ張ってくるって!何でそれを規制できる法律がないんですか!?」
「ヒント、法律を作ってるのも神様」
「クソゲーすぎませんか世界」
さっきから、クソって言葉を言い過ぎていると自分でも思っているが、正直愚痴でも言わなきゃやっていられないのである。
ああ、なんでこんな職場を選んでしまったんだ五年前の自分、と思わずにはいられない。
元々は俺もクボタも、地球で死んで異世界転生を待つ死者の一人だったのだ。どんな世界に転生させられるかわからないし、怖い世界に呼ばれるくらいなら、現代日本と同じようなところで人の役に立つ仕事がしたい――なんてことを思ってしまったのがそもそもの間違いだった。
実は、神様に仕える天使や異世界転生者達の支援を行う公的機関の職員は、転生を待っていた死者たちが求人に応募してくることによって成り立っているのである。待機所には、それらの仕事の求人募集があり、見知らぬ世界に転生するのではなく転生者支援のお仕事をしませんかーと大量の広告がでているのだ。
俺は元々の地球での自分の人生に満足していたクチだったし、誰かの役に立つ仕事をすることに生き甲斐を感じていた人間だった。だから、“アットホームな職場”“親切な新人教育”“やる気のある人募集”“安定した収入”などの謳い文句に誘われて応募してしまったのである。――間違いだったと、就職したその年にはもう気づいていたが。
「始業の一時間前には席に座って仕事始めてろ、残業してようが必ず定時でタイムカードを切れ、九時~十八時以外の時間は実際サービス残業で給料でない休日出勤は当たり前、しれっと社会保険入ってないし厚生年金は入れてないし有給休暇の申請は申請する端から握りつぶされるって……前世でもなかなかないレベルですよね。あ、あと課長が後ろ通るたびに僕のお尻を触ってきます。ついでに無理やり飲み会に誘ってきて断ると罵倒されます」
「フルコンプじゃねーか」
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