1.昏睡

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 水平線は遠くまで続いていた。この防波堤からの見張らしは心を自由にしてくれるようだった。大きく両手を上げて毛延びをすると、僕の心はいくらか重量を下げた。  目線こそ向けないが、僕らはもう幅にして5メートルの距離に並んでいた。彼は背筋を伸ばしてそのシルエットを保っている。きっと僕が描かなかったシーンの、描かなかった彼だけの時間の中の一つ。  彼とこうして同じ空間を共有していると、僕はとても懐かしい気持ちになった。  この物語を書いている時は、ずっと彼のことを考えて生活していたし、物語を進ませる上で想像する彼のパラレルラインにどれだけの時間を使ったのか、おおよその検討もつかないくらい没頭していたのだし。  そして彼も僕と同じように僕のことを考えていたに違いない。  彼は僕に対して、ある時は話しかけ、ある時は文句を言い、またある時は涙を流して感謝したのだから。  それだけ、僕と彼との間にある絆や鎖のようなものは、どの場面をどんな風に切り取っても存在していたし、それはまるで空とそれに付随するすべての気象の関係にも類似していたはずだ。  そう改めて過去の思い出を掬って、そして馴染んでいく今の自分を考慮すると、僕があの小説を気に入っていた理由がはっきりと見て取れるようだった。  「久しぶりだね」と彼は釣竿のしなりを眺めながら言った。僕も顔を出した太陽に目を細めながら「ほんとに」と答えた。  波は本当に穏やかで、まるでそれはこの邂逅を包むヴェールのようで、からりとした潮風が磯の匂いを運んで来ると、それが鼻腔を過ぎ、居心地良い安心感がカモメのように飛来した。  そして固定された物語はようやく、僕の手によって改編されたらしかった。
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