2.混濁

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 それは朝方、徹夜明けの仕事帰りだった。ほとんど習慣染みた彩りのない生活がそこにあって、僕はそれがどこかぼんやりとした苦痛に変化していっているような気がしていた。毒と言えば毒かも知れないし、病と思えば病のような気もする。けれど大きな何かがあったというわけではない。  改札を抜けて、途中立ち寄ったコンビニで食料を買い漁って、見慣れた店員と軽く挨拶を交わす。その隙をついてゲリラ豪雨が押し寄せると、僕はそのノイズみたいな雨線を指でつつきたくなった。  いつしかのファンタジー的な夢幻に溶け込み、そのせいで全てを失うが、そこにはまた別の人生が用意されていて、それは固定されていない未来が広がっていて……  「お客さん」と声をかけられてハッとすると、僕は店の外の喫煙所でタバコを吸っていた。灰皿に入っていない足元に落ちた4本の吸殻が、僕の異常を証明しているかのようだった。  カバンで頭を押さえた中学生らしき集団が中へ入ると、僕の後ろガラス越しの雑誌コーナーに群がっていた。彼らはそこでしばらく立ち読みをした後、騒がしく店を後にした。  その時その中の誰かが、「自分が好きならそれでいいじゃん」とそのまた誰かの肩を叩いて宥めていた。  僕はその言葉にすごく力を感じた。  さっきまでのどしゃ降りが嘘のように世界が明るみに広がると、また忙しなく自動車のエンジン音やクラクションが音を鳴らし始めた。そう思うと雨は一時的に何かを消し去って、いや隠していたのだと思った。  コンビニの袋を片手にブラブラとさせて帰路につくと、川で釣りをしている老人達の姿が見えた。彼らは軒並み難しい顔をして釣竿を垂らしていた。尚且つ猫背だった。  その土手の上はゴミ捨て場で、早朝のカラス達がその袋を破り散らしていた。生ゴミの腐敗した匂いがとてつもなく臭かった。僕はそれを避けるように通りすぎようとしたが、ゴミ捨て場の角に捨てられていたウィトゲンシュタインという文字が書かれた本に反応して、立ち止まったしまった。  「君がいいと思ったのならそれでいい。誰かからなんと言われようとその事実だけは変わらないのだから」  ゴミ捨て場を我が物顔で荒らしていたカラス達が、一斉に僕の顔を睨んでそう言った。僕は一心不乱にコンビニの袋を振り回してやつらを空へと追いやった。  僕のこの漠然とした霧に軽々しく同調するなという怒りが、僕の肌の全ての毛穴から放出された結果だった。  簡単に言う。この世にいない人間が、偉そうに僕に指図するなと、僕は思った。
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