2.混濁

3/4

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 場面は防波堤に戻る。太陽は二人の背を映して向こうの空で、それを正面から眺めているみたいだった。キラキラと光を反射させて寄せては返す波が、僕の双眸より下を表している。  涙がポロポロと落ちてきた。「ああ……」と「ああ……」が続いたところで、そのゲリラ豪雨が訪れる未来は不変だった。  彼は目を瞑って僕の様子を入念に聞いている様子だった。僕はその距離を詰めながら彼に向けて手を伸ばしていた。出来ることなら身体を優しく包み上げて慰めて欲しいと思っていたんだろう。願わくばこの憧れた物語の中での終焉をと思っていたんだろう。  その時だった。彼の釣竿が大きくしなると、釣り上げた針の先には虹色のフッコがピチピチと踊っていた。  彼は僕の存在を忘れてそのフッコを天に高々と掲げた。歓喜の渦に晒された空に彼の雄叫びがけたたましく鳴った。  僕は混濁した感情の中で、喜びと、絶望とを相克した咆哮を上げた。そして次には彼の人生がそこで終了したことを嘆いた。もう彼は死ぬまで何の目標目的もなく死を迎えるしかないのだ。  それがいかに残酷なことで、いかに地味な日々を送らなければならないのかを、僕は誰よりも理解していた。  僕は何が可笑しくて泣いているのだろうか。僕は何が悲しくて泣いているのだろうか。僕は何が嬉しくて……  ドオン! という大砲のような音があの岩場の陰から聞こえた。そこから何千匹ものカラスが僕ら目掛けて飛んできていた。僕はそれを見た瞬間、咄嗟に踵を返してそこから逃げようとした。  もう誰かの言葉に耳を傾けようと思えなかった。何もかもを振り乱して僕はとにかく走った。  けれど場面は一枚の写真のようにまったく動くことはなかった。  やがて黒い塊のようなカラス達が僕を包むと、僕は意外にも暖かいベッドの上で意識を取り戻していた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加