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仕事に戻った後も、七海の頭の中を先程交わした歩との会話が巡っていた。例えるなら水族館の巨大な水槽を泳ぐの様に。何だったっけ?そうそう、回遊魚みたいに。 仕事が終わり、エレベーターを降りてエントランスを歩いている時も、まだ何か頭の中で引っ掛かっているのを感じていた。 そんな風にぼんやりしている七海の後ろから「今、お帰りですか」落ち着きのある声がして、七海は驚き立ち止まった。 振り返り二度驚く。そこに立っていたのが歩の意中のあの人だったのだから無理もない。 驚く七海に意を介さずその人は柔和な笑みを投げ掛けて来た。 「驚かせてすみません。今朝、神成と一緒にいた方ですよね」 普段聞くことの無い、落ち着いた男性らしい声に七海は三度ドキリとした。 「は、はい。歩……いや神成君の上司の方……ですか」頭の先から足元まで強張らせてやっとのことで七海は答えた 「はい、神成と同じ部署の兵藤恭輔(ひょうどうきょうすけ)と申します」そう言って柔和を二度塗りした様な笑顔で手を差し出してきた。 差し出された手に四度目のドキリをしたが、その手をよく見れば掌には名刺があった。 「アミューズプロモーション 第一営業課 課長 兵藤恭輔 ……」 確かにそれは歩の会社の名前だった。名刺を受け取りジッと見詰めていると、差し出された手は微動だにせずそのままなのに気付き顔を上げると――。 「あの、差し支えなければ名刺いただけますか?」 一瞬、七海の視覚と聴覚は兵藤に占領(ジャック)された。
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