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たとえば、いつもそばにいて何も感じなかった少年と私が愛しすぎてしまった彼の話。
いつからか、いつも笑って私を許してしまう優しいだけの存在だった少年が、急に大人びた目で私を見始めた。気づかずに過ごしていた時はまだ良かった。けど、その目に見つめられた私の心は落ち着きを失っていった。
私には6歳年上の彼がいた。年上だからいつも甘えてしまって、彼は結構苦労していたようだ。でもお互いを大切に思っていることは分かっていたから彼も年下の私を甘やかすことが愛情を与えていることと捉えていた。そんな私の隣にいつの間にか少年は静かにやって来て、私の心の中に少しずつ少しずつ自分の気持ちを組み込ませていった。少年の心は一途で、私はその、今どき珍しい少年に興味を覚え始めた。
いけなかったのよ、それが。今から考えると。
彼は大人で多くの時間を仕事に費やしていた。会えなければ電話をすればいい。でも声は私をなでてはくれない。そう思いはじめると、いつもそばにいようとする少年ばかりに目がいって、彼と会えない時間を少年に使うようになってしまった。少年は知れば知るほど面白くて、それでいてしっかりとした気持ちで私に愛情を示した。それが私を刺激する。こんなことって初めて。確かにいろんな人に「好き」と言われたことはあるけれど、人目も気にせず「愛していますよ」って笑顔で言う人なんて。心が傾いていくのが分かる。だって彼は一度も私を「愛している」なんて言ったことはない。それに不満はなかったのに、、、、。だめよね、会うたびに照れながら「愛していますよ、いっぱい」なんて言われたら。私が愛している彼は、、、?って、わがままになってしまう。
彼も私の様子がおかしいと気づき始めた。毎日電話が来ていたのに、いつの間にか2日に1回とか、週に2回とか。会ってもただ、やみくもに話すだけで。いつもの私はどこかに行ってしまったようで。
そんな時、彼と私の共通の友人が私に少年の話をした。「最近一緒にいるあいつは誰?きみのなに?」
私は驚き言葉もなかった。別にやましいことはなかったのだから笑って聞き流せばよかったのに、私の心の中に少年の笑顔が浮かび上がり、私ごと包んでしまったから動揺以上の困惑の顔がどれほどのものであったのか、友人の顔を見れば理解出来た。私の、彼への思いは揺るぎないものだったが心はすでに少年に預けていたのかもしれない。
友人は言う。
「このことはまだ俺しか知らない。早いうちにそいつと縁を切るんだ。じゃなければ、裏切ることになるんだぞ」
裏切る?よく分からない。
私が彼を裏切る?そんなわけないじゃない。
心で何度も何度も呪文のように「違う、違う」と繰り返してみても他人から見ればそれは立派な裏切り。気付きたくない幼い私。
彼と少年を行き来きしているうちに、彼に会ってもらえない不満は重くのしかかり、私は見えないロープに縛られ始めていた。はじめは緩く。次第にロープは心と現実に食い込み、もう、身動き取れないほどになっていた。私は『彼』ではなく『彼氏』という名前だけの人と時を重ねていた。『彼氏』という名前があるために他の人と出かけることもままならず、病名『浮気』は私の皮膚に烙印となって押されていた。彼の気持ちを考えることなく夜通し出かけては電話も出ないで日々が過ぎ去るのを待つ私。それでも、格段重要な位置にいなかった、どうでもいいと振り向きもしないで背中を向けている私に少年が言う。
「彼氏がいてもいい、好きなんです。僕を見てください」
私を縛るロープはほどけ、なんとも思っていなかった少年はあっという間に私の心の隙間にするりと入り、彼への会えない寂しさも、眠れない夜のつらさも、愛されているのだろうか?という不安もいっきに引き受けてしまった。それから少しずつ私は、がんじがらめだった彼へのどうにもならないほどの愛情をするするとほどき始めていった。いつの間にか、彼に会わなくても少年の愛を得ることで自分の消化出来ない思いを慰められるようになった。
少年は私といるとき、影となって私の後ろに立つ彼を見ようともせず、一心に私の気持ちを読もうとしていた。この人は何を考えて自分といるのか?なぜいま、自分を選んでここにいるのか?と。
確かに私は少年といながらも彼を思っていた。苦しくて、あんなに離れたがっていたはずの恋なのに、思いはくすぶり、新しく燃え立つことを密かに待っているようで。
気がつくと彼と行った場所に少年といて、遠く遠く思いを飛ばす。
「思い出して。気がついて。私がいることを!」
愛している人のことは敏感で、少年もまた、私の考えていることなどとっくに見破っていた。どうしようもないほど彼を愛しているのに、届かない思いが不和の種となって少年に降り注がれていたことを。少年を彼の身代わりにしていると気づいていたけれど、一人でいることの胸が焼けるほどのつらさに耐えられなくて私はもう、この感情を抑えることが出来なかった。そんな私を少年は悲しそうにけれど愛おしく包み支えてくれた。
今まで生きてきてこんなに矛盾で苦しい日々はなかった。
そんな私のところに一本の電話が来た。友人からである。
「彼がどうしても会って欲しいって。もし都合が悪いなら次でもいいけど」
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