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「結婚しちゃおうよ」
そんな軽いプロポーズで俺たちは結ばれた。
*
勢いでプロポーズしてしまったから、諸々の準備を忘れていた。俺の部屋で、シャワーを浴びて寝巻きに着替えた君の隣に座る。
「婚約指輪、まだ買ってないんだけど、明日一緒に買いに行こっか?」
二人で一緒ならデートもできるし、名案だと思ったのだけど、君は困った顔をした。
「いらないよ、指輪。婚約指輪って、男の人に負担かかるし」
「俺が一花にあげたいんだよ」
少し焦って、取り繕っても君の表情は変わらない。
「…雄大と結婚できるだけで十分だよ」
そんな、にやけそうなくらい甘いことを言われると、我慢できなくなってしまう。華奢な君を布団に押し倒して、俺は深いキスをした。
*
「式はどうしようか。友達とかも招待する?」
それから、式の話をしようとすると、君は不満そうな顔をした。
「式はやりたくない。人前に出るの苦手だし、お金もかかるから」
「んーでもせっかくだからやりたくない?」
俺はすごくやりたいのだけど。可愛い君を、みんなに自慢したかった。
「やだ。式にお金使うより、二人だけの時間にお金を使いたい」
また君が堪らなく可愛いことを言うから、触れるだけのキスをした。
仕方ないし、式はあげないことにした。
*
「入籍はいつにする? 記念日とかが良いかな」
ネットで検索しながら尋ねると、君は気まずそうな顔をした。
「……ねえ」
「ん?」
「…籍、入れなきゃだめかな」
いったい何を言い出すのかと思ったら、また随分吹っ飛んだことだった。
「ダメでしょ。そうじゃないと結婚したことにならないじゃん」
「…えー……」
大事な話の途中だというのに、君は全然俺の方を見ない。スマホを置いて、両手で君の頬の顔の向きを変える。俺の手に収まった君は、やっぱり気まずそうだ。
「なんで籍入れたくないの? もしかして結婚したくないとか?」
それなら、婚約指輪がいらないとか、式をあげたくないことにも納得できる。
「違うよ。したいよ、結婚、雄大と」
「じゃあなんで」
「恥ずかしいじゃん、なんか。結婚したってこと、雄大と私だけが知ってれば良いの」
微かに頬を赤く染める君は、俺の心を何度も突き刺してくる可愛さだ。
「二人だけの秘密の結婚ってなんか素敵でしょ。それに私、雄大の大事なことは全部、独り占めしたいの」
力一杯抱き締めてしまえば、壊れてしまいそうなほど儚い君を、俺はそっと抱き締めた。
「あ、でも…」
耳元で君が恥ずかしそうに囁いた。
「子供ができたら、ちゃんと入籍しますよ? それで、三人で結婚式を挙げたいな」
ああ、本当に君は。尊いにも程があるだろ。思わず細くて滑らかな君の首筋に、跡をつけてしまった。その跡は、君の白い肌を鼻のように赤く彩る。
「わがままでごめんね、雄大。でも、私がわがままを言うのは雄大だけなんだ」
*
君との結婚は、指輪も、式も、籍もない。ただの口約束の結婚だ。騙されていると馬鹿にされるかもしれない。
でもいつか、籍を入れる日はきっと来る。それまで、君のわがままな願いを聞くぐらい、どうってことはない。その時は、君によく似合う指輪を買って、夢のような式を挙げて、君の好きな日に籍を入れよう。
口約束でも、好きと言えば想いは伝わる。
口約束でも、キスをすれば想いは重なる。
口約束でも、結婚は結婚だ。何も違わない。
*
二人だけの部屋に引っ越して、段ボールの中身を取り出していると、ちょうど良いものを見つけた。新しい白いシーツを君にふわりと被せる。
「病める時も健やかなる時も、どんな時も、俺を愛してくれますか?」
目を丸くした君は、すぐに笑みを浮かべながら俺のシャツの襟を引き寄て、唇を重ねた。
「…はい。私は雄大を愛してる」
君は俺の両手を掴んで、小さな両手で俺の手を包み込んだ。シーツがひらりと床に落ちる。
「次は雄大の番。病める時も健やかなる時も、どんな時も、私を愛してくれますか?」
「もちろん、はい。愛してるよ、一花」
君と俺は、深く甘いキスをした。
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