ハマらない指輪

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 土曜日になって、和也は指定された居酒屋の前で優馬を待機していた。 「ごめん和也、買い物していたら遅れた」  五分ほど経って、優馬が和也の前に姿を現した。優馬はよそ行きのかしこまった格好をしている。 「大丈夫。それよりごめんな。急に誘っちゃって」 「問題ないよ。じゃあ、入っちゃおうか」  二人は予約していた居酒屋へ入り、個室に案内される。座るなり、二人はメガネをかけた店員に生ビールを二つと枝豆を注文した。 「それにしても顔を見せ合うのは久々だよな。前に優馬と会ったのはいつだったっけ?」 「えっと、多分半年くらい経つと思うよ」 「そっか。もう半年も経っちゃったのか。なんかお前、ちょっと大人っぽくなったな」  和也が優馬の身なりを見て言った。 「そうかな? 僕は特に変わった事はないけど。それより、急に誘ってきたってことは、何か話のネタがあるの?」 「まあな。ちょっと聞いてほしいことがあってな」 「分かった。愚痴だ」 「正解。いやあ、参っちゃったんだよ」 「あ、お待たせいたしました」  先ほども現れた『木村』と書かれたネームプレートをつけた店員が、琥珀色のアルコールを持ってきたので、二人はとりあえず乾杯をして喉を鳴らして飲む。 「それで、参ったって何が参ったの?」 「実は俺、一年間付き合っている彼女にプロポーズしたんだよ」 「彼女さんって、和也が絶対に写真を見せてくれない、本当にいるかどうか分からない彼女さん?」 「ああ、その彼女さんだ」 「それで、上手くいったの?」  和也はそうであってほしいと願ったが、現実は異なる。 「いいや。ダメだって拒否されちゃったんだ。事情があるからだって」  和也は話して生まれたむかつきを、アルコールで揉み消す。 「へえ。前に会ったときは仲が良いって聞いていたけど。やっぱり結婚って難しいんだね」 「どうだろうな。彼女は家族とか仕事のことを気にしていたけど、それを乗り越えるだけの力があると思ったんだだよ、俺は」 「愛の力ってやつね」  優馬は楽しそうに聴きながら、一気に飲んでグラスを空っぽにする。 「それで和也は、僕に残念なお知らせをしたくて誘ってきたんだ」 「まあ、愚痴だよな。正直、どうして断られたのか分からないんだ。だから余計にもどかしさが俺を覆い尽くして、イライラさせるんだ」 「でも、結婚は人生においての一大イベントだからね。その彼女さんも慎重になるよね」 「そういうものか。俺はちょっと楽観的だったのかな」 「いや、和也は別に楽観的ではないよ。僕に比べたらさ」 「は? どういうこと?」  和也はその話の続きを聞きたがったが、優馬は乱雑に呼び出しボタンを押し、先ほど来た木村という名の店員に「ビールもう一本くださいな」と赤らめた顔で言った。 「おい、優馬。どういうことだよ」 「実は僕、明日プロポーズするんだ」 「プロポーズ? お前が?」  和也の記憶の中では、優馬が付き合っている話など耳にもしたことがなかった。 「優馬、そもそもお前誰かと付き合っていたのか?」  すると、優馬は何かを思い出したように、手をポンと叩く。 「そうか。最後に和也と会った後に付き合い始めたから、和也には言ってなかったのか」 「いや、なんでそんな大事な話を言わないんだよ」  思わず、和也は突っ込んでしまう。 「ごめん。話すタイミングが無かったんだ」 「まあいいや。でも、俺と最後に会った後に付き合い始めたってことは、その彼女さんとは半年も付き合っていないのに、さすがにプロポーズは早いだろう」  しかし、優馬は「大丈夫だよ」と、和也に向かってグーサインを出す。 「マイさんはすでに僕の虜になっているんだ。僕が買った指輪、ハメたらきっと似合うんだろうなあ。めっちゃ可愛い顔しているんだ。彼女と付き合えるなんて、神が僕の味方をしてくれたんだろうなって思うよ」 「へえ。お前の彼女さん、マイさんって言うんだ」  和也はあまりに聞き覚えのある名前に引っかかり、変に反応してしまう。 「そうそう。あれ、たしか和也の彼女さんの名前もマイさんだっけ?」 「まあ、珍しい名前じゃないからな。名前が被っても変ではないけどさ。それで、どんな顔しているんだ?」 「いや、それはずるいよ。和也も見せてくれないと僕も見せることはできないね」  和也は自分だけの麻衣を、あまり他の人には見せびらかしたくなかった。ただ、本能が脳を刺激しているのか、目の前にいる『めっちゃ可愛い顔』をしている優馬の彼女も気になってしまう。 「まあ、優馬は昔からの友人だからな。見せてもいいか」 「そうこなくっちゃ。じゃあ、ちょっと写真探すから待ってて」 「俺もとっておきのやつ見せてやるよ」  二人はスマートフォンで彼女の写真を探し、共にニヤつく。 「優馬、これは度肝を抜かれるぞ」 「和也こそ、僕に嫉妬しちゃうかもね」 「じゃあ、行くぞ!」  せーの。そして二人が一斉に見せ合った女性は、全く同じ顔をしていた。 「え?」 「は?」  どちらもしばらく声が出ず、視線をゆっくりとお互いの顔へ向ける。 「優馬、お前」 「いや、まさか和也さんの彼女って、麻衣さんだったの?」 「嘘だろう、嘘だろう!?」   だから了承しなかったのか。和也の中でパズルのピースがピタッとハマった気がして、気持ちが一気に荒波に飲まれて沈んでいった。 「いや、僕を責めないでね。僕は知らなかったんだから。悪いのは麻衣さんだからね」 「そんなことは分かってる。分かっているけど、いや、マジかよ」  和也は今すぐにでも泣き出したい気分だった。しかし、浮気相手の目の前で泣くほど惨めな行為はない。 「おい、優馬。お前明日プロポーズするって言っていたよな?」 「言ったけど」 「その気持ち、今でも変わらねえのか?」  優馬は少しだけ考えて、「変わらないかな」とあっさり答える。 「だって、麻衣さんは和也のことが嫌になって僕と付き合ったんでしょう? なら、僕は別に気分を害することはないし、それに僕は麻衣さんのことが好きなんだ。指輪だって買ってあるんだ。和也が何を言おうとも、僕は明日麻衣さんに告白するよ」  それは、和也のメンタルを尽く破壊して、今まで積み上げてきた愛の力を踏みにじるものだった。ただ、和也は麻衣の反応が見てみたかった。そこで全てが分かる。見たくもない結末だが、和也は自分自身の手でけじめをつける必要があった。 「分かったよ。告白するのは好きにすればいい。ただ、その告白、俺も立ち会わせてもらう」 「え? なんで?」  優馬が不思議な顔をするので、和也は「当たり前だろ」と叱責する。 「もともとは俺の彼女なんだ。俺だって無関係じゃない。お前たちがどうなるか、その瞬間を見る権利はあるはずだ」  本当にそんな権利があるのかは定かではなかったが、和也の要求を優馬は飲んだ。 「分かったよ。僕は明日、横浜の赤レンガ倉庫で告白をするんだ。夜の八時ごろにそのあたりで待機していてよ。近くに着いたら連絡を入れるから。でも絶対にバレないように、身を潜めておいてね」 「分かった」  その後、和也はやけくそになってたくさんの酒を注文した。そして、お酒を持ってきてくれる木村さんにダル絡みをする。 「お前、彼女いないだろう! そんな見た目をしているぞ!」  和也の乱暴な言葉に、木村さんはただ苦笑いをするだけだった。和也はすでに、大人としての理性を完全に崩壊させていた。 「やめろよ和也。すみません」 「いえいえ」  木村さんは頭を下げてどこかへ行ってしまう。 「なんだよあいつ」  結局、和也は深夜まで飲み明かして、何もかもがどうでも良くなって馬鹿騒ぎした。
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