ハマらない指輪

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ハマらない指輪

 「麻衣さん。僕、どうしても麻衣さんと一緒にいる未来しか見えません。僕にとって、麻衣さんは太陽のような存在です。麻衣さんと一緒にいたら、僕の心もポカポカしてきて、幸せな気分になるんです。だから、これからもずっと太陽のそばにいたい。あの、まだ付き合って三ヶ月しか経っていませんけど、これを受け取って欲しいんです」  そう言って優馬が差し出したのは、ワイン色の正方形のケースだった。麻衣はあまりにも突然の出来事に、自分の体内のあらゆる部分が驚きを隠し切れないでいる。 「えっと優馬君、これってまさか……」  優馬は自信満々に笑みを浮かべる。 「うん。ちょっと早いかもしれないけど、でも最近はスピード婚だってあります。だから、僕たちもなんとかなるって思ったんです」  優馬が楽観的で超絶ポジティブな性格であることを、麻衣は出会った当初から知っていた。そんな性格に惚れた部分もあり、一種の気休めとして彼と付き合いたいと思う気持ちがあった。  だけど、まさかここまで本気だったとは。麻衣は目の前にいる、塩顔で細身な優馬の覚悟をマジマジと見せつけられている。  思えば、今日の優馬はいつもよりも少しだけ緊張感が漂っていた。いつもなら腹から笑いそうなエピソードも、今日はなぜか手で口元を押さえて、 「ああ、そうなんだ」  などとカッコつけた声で受け答えをしていた。麻衣が普通にしていても、優馬はどこかソワソワしていて、まるで初デートのようなぎこちない雰囲気が醸し出されていた。  夕ご飯のときも、優馬の様子は明らかにおかしかった。麻衣はいつものように、 「今日の夕ご飯、その辺でラーメンでも食べる?」  と庶民的な料理を提案したが、 「いや、今日は僕が予約している店があるので」  と麻衣のリクエストを断り、時刻が十八時に近づくと、 「さあ、麻衣さん。白馬に乗った気分で僕についてきてください」  などといきなりキザなセリフを吐いて、麻衣のペースを乱した。そして辿り着いた先は、麻衣にとって全く釣り合わないほど高級なフレンチレストランだった。 「え、優馬君フランス料理なんて食べたっけ?」  すると、優馬は麻衣の見開いた目をじっと見つめる。 「麻衣さん。今日は、僕に身を委ねてください」 「え?」  もしかして、どこかで頭でも打ってしまったのだろうか。麻衣は優馬のあまりの変貌ぶりに心配してしまったが、優馬は凛とした表情で、 「行きましょう」  と麻衣の腕を取って店の中に連れこんだ。  敷居の高さに目眩がする食べ物ばかりを胃に詰め込んだ後、優馬は麻衣を海沿いへと誘い、「散歩がしたくなりますね」と一方的に物語を進めていった。 「あの、優馬君。ちょっと今日変だよ。大丈夫?」  麻衣は複雑な感情が抑え切れず、思わず体調を気にかける。 「僕は大丈夫ですよ。いつも通りです」 「いつも通り、かなあ?」  優馬の眼が笑っていないことが、麻衣はずっと気になっていた。  そして優馬は、時折スマートフォンをいじりながら、麻衣のことを赤レンガ倉庫付近の海が一望できる地点まで連れていき、婚約を持ちかけた。  麻衣は内心、別の意味でドキドキが止まらなかった。麻衣にとって、優馬は遊び相手でしかない。たまの休日に気晴らしに出掛ける程度でちょうどいい存在だった。ましてや結婚なんて論外で、一刻も早く彼の告白を断る必要があった。 「僕が絶対に麻衣さんのことを幸せにしてみせます!」  だが優馬は、街灯の光に導かれるように煌めくダイヤモンド付きの指輪を麻衣に見せつけている。これを断るのは至難の業だと、麻衣は拝めてもいない神に救いを求めるしかなかった。
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