Now and then

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 一通り注文が終わると、志乃ちゃんは頬杖をついてワイングラスを玩びながら言った。 「馬鹿だったなぁ、って思う。なんで結婚してる人と付き合っちゃったんだろうって。でも当時は、その人しか見えなかったんだよね」  わかるよ、と私は思う。だってそれが恋だから。好きになってしまうと何も見えなくなってしまう。どんなにいけないことだとわかっていても、恋に落ちたらもう誰にも止められないんだ。  してはいけないことだから、必死になって心を止めようとする。何も感じていないように振る舞う。それはとても苦しい。心に、気持ちに嘘をつくのは、大切なことを無視しているような気持ちにさせられる。  あの当時はわからなかったことが、今、この年齢になるとわかる。道徳的なことでないことは当然わきまえているのに、恋心はたやすくそれを飛び越えてしまう。  やめようと思っても姿を見れば無意識で目が追ってしまうし、耳が声を欲してしまう。背を向けていたって、近くにその人がくれば全身が敏感なアンテナになって、存在を察知してしまうんだ。
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