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志乃ちゃんは「あ……」と言って、気まずそうに胸元を隠した。その仕草から、私は聞いてはいけないことを聞いてしまったか、と考えなく指摘したことを後悔した。
もしかしたら、今まで気づかなかっただけで、生まれたときからある痣かもしれない。それを志乃ちゃんは気にしているのかもしれない……そう思ったのだ。
しんとした湯場に時折、ちゃぷん、ちゃぷんとお湯が跳ね返る音がする。窓の外に見える山々の緑が鮮烈で、目に痛い。
気まずい空気から逃れるように「露天風呂行ってくるね」と断ると、志乃ちゃんは「うん、行ってらっしゃい」と、肩まで内湯に浸かったまま、言った。
大小様々な石で囲われた露天風呂に浸かりながら、白と青のコントラストがはっきりとした空を見上げた。セミの鳴き声が聞こえる。時折吹き抜ける高原の風は、私の家がある東京の下町のあたりとは違って、爽やかで少し冷たく、吸い込むだけで体の中まで洗われるような気がした。
志乃ちゃん、もし痣のことを気にしていたらどうしよう。謝ったほうがいいかな……。
景色を眺めながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
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