大切な人

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僕の名前は新太(しんた)。24歳。 訳あって年上の女性とひとつ屋根の下で暮らしている。ちょうど、彼女が帰ってくる時間。 「ただいま〜」 「おかえり、ももさん。今日もお疲れ様」 ももさんはバリバリのキャリアウーマンで僕より3つ上の27歳。僕は彼女の家政夫みたいな存在。 「ごはん、できてるよ。ももさんの好きなオムライス」 「あ〜ごめん、今日はもう疲れたからお風呂入って寝るわ」 まあ、仕方ない。だってもう夜の11時。こんな時間にご飯食べるのも体に悪いし睡眠の質も落ちるとかなんとかいうらしいし。 少しだけ残念だけど僕一人で食べようかな。 そう思って僕は自分の分のオムライスをレンジで温めた。 ももさんは僕が男だなんてお構いなしに下着姿でお風呂に向かう。さすがに目のやり場に困るなぁ。 温めたオムライスを頬張りながら、ふと昔のことを思い出した。 17年前。 目が覚めると知らない部屋にいた。白衣のようなものを着た男の人が僕の名前を呼ぶ。 どうやらここは病院で僕は救急車で運ばれたらしい。頭を強く打ったらしいが命に別条はなく、記憶障害もない。 とにかく、早く母さんたちに会いたいと僕はお医者さんに言った。途端に、お医者さんの顔が曇る。 そこで僕は先生から衝撃の事実を聞かされる。 僕たち家族は交通事故に遭い、一緒に車に乗っていた両親とお姉ちゃんは死んだと。 にわかには信じられなかった。楽しいお出かけの帰り道、車の中でお菓子やジュースを食べながら歌なんて歌って家に向かっていたはずなのに。 あ、でもそうだ。たしか大きなトラックが僕たちの乗る車に突っ込んできて…。 僕は大きな声で泣きわめいた。 親戚の家をたらい回しにされて一年が過ぎ、最後には施設に入ることになった。 施設の人たちは優しい人ばかりで、不自由など何一つしなかった。それでも僕はひとりだった。 肉親がいなくなるのは、世界に一人取り残されるのと同じだ。 あの日から僕は精神障害を患った。毎晩、事故直前の記憶がフラッシュバックして、夜も眠れず体も壊してしまった。体はやせ細り頬はこけてクマもひどかった。 優しかった施設の人も変わり果てた僕を見て、影でヒソヒソ言って不気味がっているのを知っていた。 ああ、なんで僕は生きてるの。もう、いっそ終わりにして、みんなのもとに行こう。 施設の屋上は風が心地良い。不思議と、今なら何も怖くない。 「なにやってんの、お前」 聞き慣れない声に振り返ると、そこには僕とさほど変わらない年齢と思われる女の子がいた。 「お父さんとお母さんたちに会いにいくんだ」 僕が笑うと少女は舌打ちした。 「馬鹿だな、お前。死んだって親には会えないよ」 「そんなこと言わないでよ。僕は会いにいくんだ。それしかもうないんだ…!」 気づいたら涙が溢れていた。そんな僕を見て、女の子も涙を流して叫んだ。 「私がっ!一緒に生きるから、お前を守るからっ、死ぬなよ!!」 小さな両手で僕の胸ぐらを掴みながら鼻水を垂らして僕の目を真っ直ぐ見つめる。 「たのむから、もう誰も死なないでっ…!」 女の子はその場にへたり込む。僕はどうすることもできなくて、一緒に泣いた。 あとから知ったのは、その女の子は、『もも』という名前で、彼女もまた両親を失くしていたらしい。 しかも父親が自殺をして、母がその後を追ったらしい。 施設に来た初日、偶然屋上にいた僕を見つけて何かを察し、声をかけたみたい。 それからというもの僕は、ももさんといつも一緒だった。散歩に行くのも、施設のみんなで鬼ごっこをするときだって二人で逃げ回った。 いじめっ子からも、ももさんは守ってくれた。いつだって僕の味方で、ずっとそばにいてくれた。 高校生になってからは、ももさんは毎日夜遅くまで勉強をしていた。その頃には僕は少しだけ心の状態が良くなっていて夜もどうにか寝れるようになっていた。たまに、昔を夢に見るけど。 社会人になり、僕たちは二人で施設を抜け出した。 ももさんはいつも遅くに帰ってきては僕が作ったごはんを美味しそうに食べてくれる。その日あったことを、時には嬉しそうに、時には怒り狂いながら話してくれた。社会人とは大変な生き物なんだなぁ。 なんやかんや、そうして今に至るわけだけど。 「冷めるよ、オムライス」 ハッとした。何分くらい僕は物思いにふけっていただろう。まだ半分も食べていないオムライスを、ももさんは指さしながら僕の向かいに腰掛ける。 「もうあがったの?ちゃんと湯船に浸からないとだめだよ」 「ガス代と水道代もったいないじゃん」 相変わらず経済的。昔から現実主義で合理的な人なんだよなぁ。 「体は大事にね、ももさん」 「はいはいはい、分かってるよ」 ももさんは頬杖をつきながら、僕がオムライスを食べるのを見てる。なんだかんだ、ももさんは僕を一人にはしないんだ。今だってそう。 黙々とオムライスを食べる僕と、そんな僕を見守るももさん。 忙しない朝には意識もしない時計の針がカチカチと音を立てるのが聞こえる。 「すぅ…」 静寂をやぶり、ももさんが寝息をたてる。 「ももさん?おーい」 聞こえてないみたい。髪も乾かさないで寝ちゃって。 「風邪引くよ〜」 「すぅ…」 いつものことだし、僕がドライヤーかければいっか。 僕は毛布を取りに行った。こういうときは、僕がももさんを守る番。昔のトラウマのせいでまだ働くこともできない僕はこの家と、ももさんの体を守るんだ。 いつか、彼女の心も癒せる存在になれたらいい。今はこんなことしかできないけど。 「今日もお疲れ様、いつもありがとう。おやすみ」
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