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「僕、付き合いたい人がいるんだ」
ある夜、瀬尾は恋人である小鳥遊勇吾にそう告げた。
「なに?」
勇吾は名家の嫡男にあたる青年だった。いわゆる財閥の御曹司。精悍な顔つきに鍛えられた肉体、知恵と教養を兼ね備えた頭脳。とある政治家のご令嬢との婚礼も決まっている。そういった昇っていく人。
ベッドの上。勇吾は瀬尾の肩に手を回す。
「どうした、いきなり」
「僕、好きな人ができたんだ。だから勇吾ともお別れしないと」
「おいおい」
勇吾が心から笑っていたのはここまでである。
「俺と別れてどうする? 学費は? 住む所は?」
「どうにかする」
「……待て待て」
しかしどうも瀬尾の態度が冗談の類ではないと察した勇吾は、声を低く鋭くさせた。
「告白されたのか?」
「違う。僕から告白したんだ」
「何年生、どこの学部だ?」
「知らない」
「そいつはうちの大学なのか?」
「分からない」
「なんだ、そりゃあ」
「でも、僕、本気なんだ。彼女に出逢った瞬間、白い稲妻がはじけるみたいに身体を駆け巡って。これが『恋』って奴なのかも」
それは頭の痛くなるようなセリフだ。
「で、その女は? 知り合いじゃないんだな」
「うん」
「連絡先は?」
「分からないよ。僕が付き合って欲しいって言ったら、すぐに逃げちゃって」
それはそうだろう。いや、そうなのか。瀬尾は顔がいい。この顔面にそんな勢いで真摯に迫られて欠片でもなびかない人間がいるのか? 少なからず俺であっても話くらいは聞いてやるだろう。そんな風に考えたが答えは出ない。
瀬尾が勇吾を見つめる。
「ねぇ、勇吾の力でどうにか彼女を見つけられないかな?」
「はぁ?」
「だって、僕一人じゃあ無理だよ。彼女のこと何にも知らないもん」
「おまっ」
恋人に向かってそんな馬鹿なお願いをする奴がいるか。怒鳴ってやりたかったが、これはある意味では面白いかもしれないと勇吾は考えた。
「なるほど。俺がお前の好きな女を探すと」
「うん」
「まあ、可能だろうよ。探偵やしかるべき調査機関か。一般人から情報を募ってもいい。警察の知り合いだっている。手段はいくらでもあるさ。可愛い恋人からの頼みだし聞いてやるのもやぶさかではない」
「ほんと!?」
「ただし条件がある。その女が見つかったらまずは……」
瀬尾はもちろん勇吾からの奇怪奇天烈な条件を呑んだのである。
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