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ある街に<おやすみさん>と呼ばれる男がやって来ました。
彼には不思議なウワサがありました。
それは「おやすみさんに夢を見せてもらった者は生まれ変われる」というものです。
街の人たちはそれを聞き、こぞっておやすみさんの元に行きましたが、おやすみさんは誰にも夢を見せませんでした。
そんなとき、街一番の乱暴者である少年が、おやすみさんの住むテントに乗り込み「人を生まれ変わらせることができるんだってな」と馬鹿にしたように笑いました。おやすみさんが「そうでございます」とうなずくと、少年は「じゃあオレを生まれ変わらせてみせろ」と言いました。
おやすみさんは嬉しそうに微笑むと、少年の頭に白い布をかけ呪文を唱えました。
「おやすみ、おやすみ、おやすみなさい」
しかし、なにも起こりません。少年はしびれを切らし、布を取りました。するとおやすみさんは、いなくなっていました。それどころか、先ほどいたテントではなく、近所の空き地にいるではありませんか。
やっぱりあいつはインチキなんだ、みんなに言いふらしてやろう。
そう思っていると、野良犬が近寄ってきました。広場に住み着いていて、いつも少年が石をぶつけていじめている犬です。
むしゃくしゃしていた少年は、いつものように石を拾いました。
すると突然、犬がぐんぐんと大きくなっていき、あっという間に少年を見下ろせるまでになりました。突然のことに少年が立ちすくんでいると、犬が近づいてきて、少年の腕をパクリと食べてしまいました。痛い痛いと声を荒げますが、犬は止まりません。次々と食べてしまい、とうとう頭だけになりました。よだれでベトベトの犬の口が、少年をたいらげようと近づいてきます。
「うわあああああああ!」
少年が叫ぶと、急に景色が変わりました。
空き地ではなく、高い山の上にある高い木のてっぺんにしがみついていました。犬に食べられたはずの手も足もあります。
見下ろすと、木の下には真っ黒い野原が広がっています。そこは以前、少年が焚火をして火事を起こしてしまった山でした。
なんとかして木から下りようとしますが、体中に枝が巻き付いて上手くいきません。一生懸命体をゆすっているうちに、木が揺れ始めました。前へ後ろへ、右へ左へ。怖い怖いと声を荒げますが、揺れは止まりません。ゆらーり、ゆらーりとしなるうちに、木はボキッと折れてしまいました。
「うわあああああああ!」
少年が叫ぶと、また景色が変わりました。
今度は木の上ではなく、覚えのある匂いのする部屋の中で寝転んでいます。しかし体は全く動きません。
何もできずにいると、目の前によく知っている顔が現れました。それは少年の妹でした。人形遊びばかりをしていて、少年はいつもそれを馬鹿にしていました。
妹は少年の体をぎゅっと掴むと、思い切り床に叩きつけました。何も言わずに、何度も何度も、振り上げては叩きつけるのを繰り返します。やめろやめろと言いたいのに、声も出ません。
バシンバシンと床にぶつかるうちに、少年の顔はどんどん歪んでいき、ついに目玉がポロンと抜け落ちました。
「ごめんなさいいいいいいい!」
「おはよう、おはよう、おはようございます」
気が付けば、そこはおやすみさんのテントの中。少年の目の前でおやすみさんがにっこりと笑っています。
「どうですか? 生まれ変わることはできましたか?」
その日以来、街一番の乱暴者だった少年は、街で一番目立たない少年になりました。
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