106.今度こそ守れた

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106.今度こそ守れた

 騒がしくなった外が静まり、焦った表情のパトリスが私を立たせた。足はケガしていないので構わないけど、掴まれた腕が痛い。顔を顰めると、申し訳なさそうに謝る。でも手は緩めない。  この人は違う。父や兄だけじゃなく、カールやリッドもこの状況なら手を緩めるわ。離せない状況でも、私の痛みを優先して緩和してくれるはず。パトリスは私に好意を寄せている話をしたけれど、違うの。それは執着よ、愛情じゃないわ。  前回の記憶を少し話した彼は、あの夜会の前から私を好きだったと告げた。本当に好きなら、痛い思いをする私を気遣う。口先じゃなくて、行動で示してこそよ。だから、私は覚悟を決めた。  いざとなったら、彼を見捨てるしかない。私は私を愛して認めてくれる人と生きたいの。この決断が人として間違っていても、後悔しないわ。  バタンと扉を蹴破る音がして、人影が現れる。後ろから光が差す状況で、暗い室内から侵入者の顔は見えなかった。でも分かる、このシルエットはお兄様よ! 「おに……「ティナ、危ないっ!」」  小さな声を掻き消すシルお兄様の叫び。直後に飛び込んだ兄の手が伸ばされ、私は信じて目を閉じた。動かない、こういう場面で助けられる側の心得は動かないこと。合図もないのに不用意に逃げたりすれば、お兄様の行動を妨げてしまう。  大丈夫よ、怖いけれど平気。今回のお兄様は私を助けてくれる。ただ信じて待つのが、囚われた私の役目よ。ぎゅっと己を抱き締める私を、兄の左腕が抱き込む。強く引き寄せる力に逆らわず身を任せた。 「ぐぁああ!」 「無事か?」  痛みに叫んだ男性の声に重なる兄の声。恐る恐る目を開くと、私は兄の胸に抱かれていた。額に汗を浮かべた兄は、ぎこちなく笑う。右手の剣は私の後ろにいたパトリスの肩に刺さっていた。剣を離した兄が私の上に巻かれた布を裂き、ケガがないか確認していく。 「打った背中が痛いだけよ。ありがとう、お兄様」 「僕らもいたんだけどね」  くすくす笑いながら入ってきたのは、リッド。上着を脱いで私の肩に掛けたのはカールだった。 「あ、ずりぃ」 「女性を気遣うのは最優先だ」  リッドとカールの言い合いが始まり、ほっとした顔の兄が私を抱き上げようとした。だが左腕から力が抜ける。気になって伸ばした手に、ぬるりと血がついた。 「お兄様!?」 「ああ、心配するな。その男のナイフが掠めただけだ」  軽いケガだと笑うが、その左腕は大きく切り裂かれていた。流れる血に、私は慌ててブラウスの裾を破いた。包帯代わりに巻き付けるが、出血量が多過ぎて滑ってしまう。 「義兄上殿、おケガを!」  カールが自分のシャツを脱いで大きく引き裂き、肘から下の傷を覆った。その間にサッシュを解いたリッドが上から巻いていく。滲む血が痛々しいが、これ以上の応急処置は無理だろう。 「ごめんなさい、お兄様。私が勝手な行動をしたから……」 「いや? 守れただけで満足だよ。この程度のケガ、すぐに治るさ」  兄は全く気にした様子なく笑った。その笑顔に嘘はなくて、私は泣きそうになりながらも微笑む。そんな私達を見守る二人の表情も明るかった。
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