107.誰も失いたくないの

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107.誰も失いたくないの

「外へ出ないと……呼びに行った騎士が戻ってくる頃だ」  外にいないと見落とされてしまうぞ。兄の指示に従い、小屋から出る。先頭を切ったのはリッドだった。 「くそっ、まだ動けるのか」  吐き捨てるリッドの叫びに、兄は己の身で私を庇った。細身の剣を構えるカールがじりりと前に出る。何度か打ち合う音が響き、身の毛のよだつ絶叫が耳に届いた。どさっと倒れる音が恐怖を増大させる。 「リッド? リッドは無事なの?」 「ん、かすり傷程度。無事だよ」  リッド自身の声が聞こえてほっとした。倒された男は、戦った兄が止めを刺さず放置した者だという。これで最後だと言われて安心した。外にもう敵はいない。 「帰りましょう、お兄様」  少し冷えた兄の手に指を絡め、しっかりと握る。血の気が引いた顔色で、お兄様は茶化してみせた。 「ティナの貧血が酷かった頃は、このくらい手が冷たかったんじゃないか」 「どれどれ」  戯けた口調でリッドが手を伸ばす。私と手を繋いだ兄の指に触れようとして追い払われた。 「やめろ、お前に握られると寒気がする」  喧嘩しているけど、仲がいいのよね。男の方ってこういうところあるわ。戯けて場を和ませるリッドも、私を気遣うカールも。優しいお兄様も大好きよ。微笑んだ私は、ちらりと視界を掠めた光に目を見開いた。 「うゎあああああ! 返せぇ!!」  飛び込んできたパトリスに押され、私と兄が倒れる。小屋の前に転がった私の腕を掴もうとしたパトリスは、カールの剣に胸を突かれた。目の前に散る赤……滑る感触と鉄錆びた臭いが広がる。 「ひっ」  声が喉に詰まって奇妙な音が漏れる。怖いのは血じゃなくて、胸を突き刺されても手を伸ばすパトリスの執念だった。震える私を抱き起こしたのは、お父様だ。 「間に合ったか、ティナ。無事で」 「お兄様がケガをなさったわ。あと……リディは? カールやリッドは無事なの?」  父の言葉を遮って捲し立てる。そうしないと恐怖に捕まってしまいそうだった。震える私を、父は子どものように抱き上げた。がっちりした肩に手を回した私の目に飛び込んだのは、青褪めた顔色ながらもリッドに「触るな」と文句を言うシルお兄様。その隣で「いいじゃないですか」と笑うリッドと私が落とした上着を拾うカールだった。 「全員、無事なの?」  駆けつけた騎士が、罪人達を縛り上げる。中には死んだ襲撃犯もいて、袋に収納された。見回した中に欠けている人はいない。自分の目でしっかり確かめて、ようやく安堵の息をついた。 「お前の大切な愛馬も心配している。早く安心させてやれ」  汚れた私を横抱きにしたお父様は、そういって頬にキスをくれた。羨ましいと悔しそうな顔をするお兄様達に、心から安心する。誰も失わなくてよかった。
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