112.婚約は母のドレスを纏う

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112.婚約は母のドレスを纏う

 16歳の誕生日を以て、正式に婚約が結ばれました。お父様は渋いお顔ですが、表立っての反対はしません。シルお兄様もぎりぎりまで文句を並べていましたが、今は我慢ですわね。  この婚約から2年後の18歳で結婚と決まりました。バルリング帝国とランジェサン王国、スハノフ王国。私の結婚を機に、我がフォンテーヌ公国と三カ国の同盟は破棄される予定です。代わりに発表されるのは、ひとつの大きな国の建国――女神様の名を戴く国が誕生します。  国は選ばれた代表者により運営されるでしょう。制度が整い機能するまで数十年掛かるため、私達は臨時の君主となり国を守るつもりです。 「愛しています、ティナ」 「俺だってティナを愛してる」  カールとリッドは私を支えることを誓い、私も彼らを愛する約束を交わしました。一緒に生きて一緒に死のう、それがカールやリッドが私に望んだ約束。 「私も二人を愛していますわ」  まだ嫁ぐのは先なのに、お父様は泣いてしまった。ジョゼフおじ様がハンカチを貸して、シルお兄様も目が潤んでいますね。  今日は絹のドレスです。淡いピンクのドレスは、お母様がお父様と出会った日に着ていたものをお借りしました。月や星を象った銀糸の刺繍が施され、豪華な宝石がなくても映える品の良い装いです。金髪はハーフアップにして左に流しました。薄く化粧を施した私は、以前の人形姫には見えないはず。  口元に浮かんだ笑みも、令嬢らしくなく日に焼けた肌も、何より……自由を謳歌する心が違った。隣に立つ男性も違う。  リッドの胸ポケットに飾られたハンカチは、私が差し上げたもの。13歳の頃に渡した黄色い花と緑の葉が刺繍された作品です。拙い技術ですが、当時の精一杯でした。羨ましいと強請るカールへは、14歳の時に青い鳥の刺繍をしたリボンを贈りました。今もリボンタイの代わりに首に巻いています。  婚約を決めることは、未来を背負う覚悟が必要でした。ようやくその決断ができたことを誇りに思います。 「大陸すべての国がいずれひとつに纏まることを祈って!」 「「「乾杯」」」  集まってくれた人達と祝杯を交わす。穏やかな午後の日差しが心地よい部屋へ、似つかわしくない軍服姿の伝令が飛び込みました。お父様を見つけて駆け寄り、ジョゼフおじ様に何かを耳打ちします。それを伝え聞いたお父様の表情が強張りました。よくない知らせですね。 「ティナ、シル……隣室へ行こう。カールとリッドも同席してくれ」  父の硬い声に頷き、左右の手を婚約者達に預けて従う。離れた場所で談笑する皇帝陛下やアシル国王陛下を、ジョゼフが案内した。用意された控え室で硬い表情のまま、全員が揃うのを待つ。 「何があった!」  アシル伯父様の怪訝そうな問いに、お父様は低い声で応じた。 「マルチノン国が宣戦布告もなく、武装した兵を越境させた」  これは事実上の開戦を意味した。
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